支配体制

 ────セレスティーネの縁談がある日まであと数日。

 縁談を断ることに成功した場合、どれほどの金額がもらえるかはわからないが、セレスティーネが公爵であることや、セレスティーネの性格を考えれば、少なくとも僕が奴隷だからと言って安い額を払ってくるといったようなことはして来ないだろう。

 そして、そうなれば街にある店を利用して情報収集をすることができ、本格的にこのエレノアード帝国に対する突破口を見つけることができる。

 それまでは、穏便に過ごすだけだ。

 ということで、僕は今命じられた通りに、セシフェリアが仕事をしている横にただ突っ立っていた。


「はぁ〜あ、まともに土地管理と財政管理ができない貴族が多すぎて、本当に困っちゃうよ〜」

「……前の面談の時にも似たような話をしてしましたが、この辺りの貴族のそういったものの管理は、セシフェリアさんがしてるんですか?」


 情報を得る目的もあるこの発言には少し怪しさがあるかもしれないが、そもそも貴族同士の面談を僕に見せている時点で、その辺りに対するセシフェリアの警戒度は低いと考えて良いだろう。


「うん、変にトラブルが起きないようにだけ軽くね……まぁ、そうは言ってもそれぞれの家で勝手に話進めちゃったりして、前の面談の時みたいにトラブル出てきちゃうこともあるんだけど」

「それは仕方ないとしても、他の貴族の方のものまで管理してるなんて、セシフェリアさんはすごいですね」


 僕が、感情的には何も思っていないが、一応その行為だけを見ればすごいことであるのは間違いないためそう伝えると、セシフェリアは露骨に喜んで言った。


「え〜?ルークくんがそう言ってくれるなら、私もっと頑張っちゃおうかな〜」

「セシフェリアさんが頑張るなら、このエレノアード帝国はしばらく安泰そうですね……セシフェリアさんぐらい優秀な人って、この国に他にも居るんですか?」


 情報を得るためとはいえ、エレノアード帝国がしばらく安泰なんて吐き気を覚えるようなことを言ってしまって思わず気分が悪くなってしまった。

 だけど、その吐き気をどうにかグッと堪えるとセシフェリアが言う。


「ルークくんが私のこと褒めてくれて嬉しい〜!それはそれとして、もちろん私以外にも突出した才能を持った人間は居るよ?それぞれ特化してる分野が違うかったりするけどね」

「特化してる分野……ですか?」

「うん、まぁ私は比較的なんでも出来ちゃうタイプだから、色んなところに定期的に顔を出すよう言われて意見求められたりするんだけど、基本的にはみんなある方面に突出してるって感じだよ」


 なるほど……サンドロテイム王国は、どちらかと言えばそれぞれが支え合って成り立っているという国だけど、このエレノアード帝国は、おそらくセシフェリアのように突出した才能を持った人間によって成り立っていて、それらの人物が主導してこの国を動かしているという支配体制なんだろう。

 逆に言えば────その優秀な人間たちに関する情報を手に入れて、そのどこかからでも崩すことができれば……サンドロテイム王国にも勝機があるかもしれない。

 ……少しリスクが高いかもしれないが、僕はあくまでも自然な流れとして口を開いて言う。


「ヴァドリング侯爵は教会の人に為す術が無かったようですけど、侯爵の人でも太刀打ちできないとなると、教会にもその突出した才能を持った人というのが居るんですか?」

「あぁ、まぁ、教会はちょっと立ち位置が特殊だけど、一応居るよ……それが教会のトップの人なんだけど、その人は人格が特徴的……ううん、その人だけじゃなくて、突出した才能を持ってるってだけあって、みんな変わってるんだよね」


 僕からすればセシフェリアも十分変わっている、どころの話ではないほどに変わっているけど、そのことはわざわざ言わなくても良いだろう。


「それにしても────ルークくん、どうして私のこと突然いっぱい褒めてくれたの?今までそんなことしてくれなかったのに」


 っ……!

 しまった……情報欲しさに、少し踏み込みすぎてしまった……!

 ここは、ひとまず褒めた言葉にに付け加える形で────


「なんて、そんなこと聞くのも野暮だよね……普通は、奴隷の子が褒めてきたとしても褒めたって何も出ないって言うところだろうけど、私はルークくんのことをできるだけ奴隷の子っていう風に接したくないから、その証明のためにも、褒めてくれたからにはちゃんと出すもの出してあげるよ?」


 出すものを……出す?

 もし、褒めただけで俺にとって何か有益なものをもえらえるのであれば、今後も不自然にならない程度にセシフェリアのことを褒めてみても良いかもしれないな。

 セシフェリアは、椅子から立ち上がると僕と向き合い、何故か貴族服のボタンを外し始めた。


「セシフェリアさん……?一体、何を……?」

「ん?ルークくんが私のこといっぱい褒めてくれたから、そのご褒美に私のおっぱい見せてあげようかなって」

「っ……!?」


 ま、またそういう話か……!

 こっちは命懸けで来てるのに、どこまでも馬鹿に……!


「僕、そんなの興味ありませんから、ボタン外すのやめてください!」

「もう、嘘吐いたらダメだよ?ルークくんも男の子なんだから、本当は興味あるでしょ?ほら、想像して?私の大きくて柔らかいおっぱいを、ルークくんの好きにできるんだよ?手のひら全体で揉んだり、指先だけで────」

「ぐ、具体的に言わなくて良いですから!」


 本当に冗談じゃない!

 サンドロテイム王国の女性が相手なら、僕だって男だし、時と場合によってそういう想像で昂ったりすることもあったかもしれない……だけど、敵国への潜入任務中に、敵国の公爵の女性を相手にそんなことを想像したって何かを思うわけがない!とにかく、この状況をなんとか────


「っ……!?」


 僕は、セシフェリアの座っていた椅子の前にある机の上の端にあった紙を見て思わず驚きの声を上げる。

 すると、そんな僕のことを見たセシフェリアは、一度貴族服のボタンを外す手を止めると、視線の先にある紙を手に取って言った。


「奴隷カタログだね、今奴隷のルークくんももちろん知ってると思うけど、今このエレノアード帝国は戦争中で、領土の拡大と同時に増える労働力を奴隷の子で補ってるんだよね……でも、オークションだけじゃ奴隷の数が多すぎて売り切ることができないから、こういう風にカタログが回ってくるの」

「……」


 そうだ……ここに書かれている名前の人たちの出身国は明記されていないけど、この中には、サンドロテイム王国の民の人だって居るかもしれないんだ。

 その人たちのことを助けるためにも、僕は────そう強く考えていると、そんな僕に向けてセシフェリアが聞いてきた。


「ねぇ、ルークくん、今何考えてたの?」

「……何も考えてません」

「時々、ルークくんの目が信じられないぐらい強い意志で輝いて見える時があるんだよね……今がそれだったよ────私、ルークくんのこと、もっと知りたいな」


 僕はセシフェリアのことなんて知りたくない。

 仮に知る必要があったとしても、それはセシフェリアの……ひいては、このエレノアード帝国を滅亡させるためのことだ。


「知るも何も、僕はただの奴隷ですから」

「惹かれちゃうなぁ、私、君と過ごす時間が増える度に君に惹かれてるよ……君は私の奴隷で、誰よりも私の傍に居るはずなのに────誰よりも、遠い感じがするんだよね……どうしてかな?」

「……わかりません」

「じゃあ、今後長い時間を通してわかっていかないとね────それがわかるまで……ううん、それがわかっても、私はきっと君のことを離さないよ」


 その後、僕たちの間には静かな時間が流れた。

 ……クレア・セシフェリアという女性は、過ごす時間が増える度に、どんな人物なのかわからなくなる。

 優しいのか、恐ろしいのか、賢いのか、賢くないのか。

 僕は、今の会話のせいで、またクレア・セシフェリアという女性のことがよくわからなくなった。

 いつか、この女性のことを理解できる日が来るんだろうか……いや、理解なんてする必要はない。

 僕にとって、セシフェリアも、エレノアード帝国も全て敵……なら、それを滅ぼすことだけを考えればいいんだ。

 ────全ては、サンドロテイム王国のために。

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