成果

 出会ってから間も無い時間で何者か、なんて聞かれるとは……奴隷をよく見る仕事ということは、奴隷オークションに関わりがあったり、もしくは奴隷売買を行なっている人間なのか?

 だが、だとしたら先ほどの奴隷制度を否定するような発言とは矛盾している。

 一体何者なのか、というのは僕の方こそ聞きたいことだけど、そんなことを聞き返しても不自然だし、ここは穏便に済ませよう。


「僕は何者でも無く、ただの奴隷ですよ」


 ピンク髪の女性は、あくまでも経験から生ずる感覚によって俺が異質だと感じているだけで、それに至る物証は一切持っていない。

 なら、表面上はこう言ってしまえばピンク髪の女性にはこれ以上追及することはできないだろう。


「私としてもお答えになられることを無理強いするつもりは無いので、この場ではそういうことにしておきましょうか」


 案の定追及はされ無かったけど、自らの感覚には絶対の自信を持っているようだ……事実、出会ってすぐに僕の正体の片鱗に触れようとして来ているのだから、その自信を持つだけの洞察力はあると言える。


「私は、あなたに興味が湧きました……奴隷でありながら、奴隷ならざる者、というだけでなく、異質な雰囲気を放つあなたに」


 否定してもなお考えを改めないということは、もはやこれ以上僕が何かを言ったところで意味を為すことは無いんだろう。

 僕はベンチから立ち上がって、ピンク髪の女性の方を振り向いて言う。


「ご心配いただいてありがとうございました、怪我とかは本当に無いので、もう心配していただかなくても大丈夫です……では、失礼します」

「お待ちください」


 歩き始めた僕のことを、ピンク髪の女性の声が止めると、ベンチから立ち上がって僕の隣までやって来た。


「真意はともかく、あなたは少なくとも形式上はこのエレノアード帝国において奴隷に当たるのですよね?」

「真意も何も、僕はただの奴隷です」

「結構です、では……奴隷制度を利用するというのは不服ですが、それを差し引いても、あなたには私の傍に居ていただいた方が良いと判断しましたので、制度を利用してあなたのことを購入させて頂こうと思います」


 奴隷制度に不満を持っているが、その制度を利用してまで僕のことを傍に置きたい理由……考えれば考えるだけ可能性があって、今の段階じゃその目的を絞り込むことは難しそうだな。

 なら、事実だけをそのまま伝えよう。


「光栄ですけど、僕はもう買われた身なので、それは難しいと思います」

「でしたら、あなたのことを購入した方とお話させていただきましょう、あなたを購入した額の倍以上の額を出すと言えば、ほとんどの方は納得してくださるはずです」


 一度購入した後でも、交渉次第では別の人物に変われるといったケースもあるのか……本当ならもう少し奴隷制度のことを詳しく知りたいところだけど、敵国のエレノアード帝国内部の情報がサンドロテイム王国で調べられるはずもなく、かと言って今書庫などで調べようにもセシフェリアに怪しまれてしまうため、奴隷制度に関してはまだまだ未知なところが多い。


「あなたが貴族の人なのはわかっていますけど、僕の購入額はかなり高いので、倍以上なんてそうそう出せないと思いますよ」

「ご安心ください、あまり位を誇示するのは好きではありませんが、私は公爵家の人間なのでそれなりに財はある方だと思われます」


 ────公爵……!?

 確かに、このピンク髪の女性の人格や発言を聞いていれば公爵でもおかしくないけど、公爵なんて普通はそうそう簡単に出会えるものじゃない。

 それに、詳細はわからないが、少なからず奴隷制度にも不満を抱いている公爵……場合によっては、僕にとっても有力な存在になってくれるかもしれない。


「……」


 とはいえ、今はそんな欲を出す場面じゃない。

 ここでは感情を覗かせず、あくまでも事実を伝えよう。


「僕のことを買ってくださった人も公爵で、一千万ゴールドで買われました」

「一千万……!?」


 いくら公爵家の人間だと言っても、その額には驚いたようだ。

 奴隷の相場なんて僕は知らないけど、一千万という額が高い額であるというのはサンドロテイム王国でもエレノアード帝国でも変わらないから、当然と言えば当然だ。


「つまり……あなたのことを購入した方は、クレア様ということですか?」

「……はい、そうです……でも、どうしてそのことを?」

「クレア様が奴隷オークションにて、過去最大値の一千万ゴールドで奴隷を落札したという記事を見ましたから」


 他に類を見ない額だからこそ、僕の一千万という額を聞いてすぐにセシフェリアの名前が浮かんだということか。


「よりにもよって、私が興味を抱いたあなたのことを購入したのがあの方だったとは……」


 ……この女性の反応から推測するに、一千万ゴールドという点よりも、僕を購入したのがセシフェリアであることを厄介に思っているようだ。


「……よくわかりませんけど、諦めてくださったなら────」

「いいえ!むしろ、今まで奴隷を購入することに興味など無かったクレア様が、一千万ゴールドであなたのことを落札したということは、私と同じようにあなたにそれだけの何かを感じたということです!余計にあなたのことを手放すわけにはいかなくなりました……お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


 名前か……まぁ、セシフェリアの奴隷ということで調べれば後からバレることだろうから、ここで名前を教えても何も問題にはならないだろう。


「ルークです」

「ルーク様、ですね……私はシャルロット・セレスティーネと言います、今後長いお付き合いになるかと思いますので、よろしくお願いします」


 僕の正体を疑っている存在と長い付き合いになる気はない……と言いたいところだけど、今後のセレスティーネとの関係構築の仕方次第では、間違いなく僕にとって有利に働いてくれる存在になるはずだ。

 それに、セシフェリアと違って基本的に落ち着いていて、品性もあって、変なところもなく話しやすいため、セレスティーネと関わっていくのは僕にとって悪いことばかりではないだろう。


「わかりました、よろしくお願いします」


 僕がそう返事をすると、セレスティーネは優しく微笑んだ。

 けど、その直後に少し慌てた様子で言う。


「いけません、そろそろ縁談へ行かねばならないのでした!」

「縁談……近いうちに誰かと婚約、もしくは結婚するんですか?」

「いえ、私としては断らせていただく姿勢なのですが、相手の男性が少々強引な方でして……あまり大事にはせず穏便に済ませたいと思っているのですが、このままでは少し難しいかもしれないと悩んでいるところです」


 貴族同士の縁談の揉め事はよくある話だから、こればかりは仕方ないだろう。

 奴隷の僕に手伝えることは無いし、今日はここで離れることにしよう。


「そうですか、頑張ってください」


 そう言って僕が立ち去ろうとした瞬間────セレスティーネは何かを思い付いたような顔になると、僕の両手を握ってきて言った。


「ルーク様!ルーク様は、マナーなどに覚えはありますか?」


 もちろんあるけど、僕はこの前テーブルマナーを安易にセシフェリアに見せてしまうという失態を犯してしまったばかりだ。

 ここで僕の正体に近付かれてしまうかもしれないマナーに関するものを、覚えはありますなんて正直には答えられない。


「いえ、全く────」

「もし覚えがあるのでしたら、ルーク様が働きたいと思うほどに欲していらっしゃるであろう金銭を報酬として渡すことを条件に、折り入ってお願いしたいことがあります!」

「っ!?」


 金銭面を報酬として渡す……!?

 それはつまり、お金がもらえるということか!?


「……」


 僕にテーブルマナーがあることはもうセシフェリアにバレてしまっているし、ここで隠してもいずれ何かの形でバレてしまう可能性の方が高い。

 それなら、少しのリスクを覚悟の上でも、確実にお金をもらって、そのお金で情報収集をする方が得策だ。

 そう決めた僕は、セレスティーネの言葉に頷いて言う。


「そのお願いというのは?」

「本日だけでなく、また後日にも縁談の予定があるのですが、その際にルーク様には私の婚約者候補として顔を出していただきたいのです」

「……婚約者候補、ですか?」

「もちろん、その方の縁談を断るためだけの一時的なものであり、そのことに不安があるのでしたら書面でも残します……もう婚約者候補の方が居るとなれば、相手の方もそう踏み込むことはできないはずです」


 確かにその通りだが……婚約者候補か。

 まぁ、書面で一時的なものだと残してもらえるのなら問題は無いか。


「わかりました」

「ありがとうございます!」


 その話を受けることに決めると、セレスティーネは嬉しそうな表情で、紙に日時を記すとそれを僕に渡して言った。


「この日時に、この場所へ集合致しましょう」

「はい、じゃあまたその時に」

「えぇ、今日は良き出会いでした……では、失礼致します」


 そう言うと、セレスティーネは僕に背を向けて歩き出し、僕もお金が手に入る目処が立った以上、もう街に残る必要も無いので馬車に乗ってセシフェリア公爵家に帰ることにした。

 お金が手に入る目処が立ったことが、僕にとっては本当に大きい成果だ。

 それはそれとして────


「セシフェリアはかなり変わっていたが、この国にもあんなにまともな公爵が居たんだな」


 思ったことをそのまま小さく呟いた。

 そして、そんなことを呟いてしまった天罰なのか────僕は、話と思考に夢中で、セレスティーネの付けていた香水の香りが微かに自らにも付いていることに気付かず、セシフェリア公爵家へ帰ってしまった。

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