異質

 セシフェリアと街に出たあの日は、とても有益な日だった。

 街にある施設や建物の配置、そしてこの国では装飾品が人気だという情報や奴隷制度があることによる僕とこの国の人たちとの価値観の違い。

 最終的にセシフェリアと下着店になんか入ることになってしまったことだけが唯一不利益なことだったけど、長期的に見れば利益の方が多いと言える日だった。


「特に、街にあるというカウンター席の酒場と、貴族御用達のレストラン……」


 酒場に関しては色んな人に出会えるという情報だけでまだ不確定要素も多いけど、貴族御用達のレストランに関しては間違いなく有益な情報だ。

 なんとしても、そこで貴族たちの話を盗み聞いたり、場合によっては直接話などをしてみたいところ……だが。


「問題はお金だ……お金が無いと、どんなお店にも入れない……」


 サンドロテイム王国の王子として恥ずかしく無いように、剣は人並み以上に扱えるようにしてきたし、学力という点においても、恵まれた環境があったとはいえそれでもその環境に甘えないよう勉強を重ねてきたから、それなりに自信はある。


「ただ、奴隷の身でどうすればお金を稼げるのか、そもそも奴隷はお金を稼いでも良いのかなど、その詳細がわからない」


 それでも、サンドロテイム王国のためにも、僕は絶対にお金を稼がないといけない……ひとまず目標は、貴族御用達のレストランで一回食事ができる程度の金額だ。

 僕は、その額を明確にするため、そしてお金を稼ぐため、まずは街に出ないといけないため、セシフェリアの元へ向かうとその許可を取るべく口を開いた。


「セシフェリアさん、少し街に出たいんですけど良いですか?」

「え?街に?良いけど、どうして?」

「この国の街の雰囲気が大好きなので、また見たいと思ったんです」


 嘘だ。

 別に嫌いというわけじゃ無いけど、僕はどんな街よりもサンドロテイム王国の街並みが好きだ……でも、そのサンドロテイム王国のためなら、嘘も方便。


「ルークくんが気に入ってくれたなら良かった〜!でも、私今はちょっと仕事で手が離せないからついて行ってあげられないけど、大丈夫?」


 もちろん大丈夫だ。

 むしろ、一人で街へ行くために、セシフェリアが忙しくなると言っていたこの日を選んだんだから。


「はい、大丈夫です」

「ありがと〜!でも、あんまり遅くなると心配だから、明るいうちに帰って来てね?あと……もし娼館に行ったりしたら、後でわかるんだからね?」

「しょ、娼館に行く予定は無いので、それも大丈夫です」

「そっか〜!じゃあいいよ!行ってらっしゃい!」


 僕に手を振ったセシフェリアのことを背に、セシフェリア公爵家から出ると、どうやら僕だけでも乗せて良いように言われているらしい馬車に乗ってこの前セシフェリアと一緒に行った街へ向かった。

 ────街に到着して一番最初に向かったのは、貴族御用達のレストランだ。

 店内に入ることはできないが、そこにあるメニュー看板に目を通すことはできる。


「ここに全メニューが書いてあるわけじゃないが……おそらく、二万ゴールド辺りが最低ラインといったところか」


 サンドロテイム王国に居た時の僕ならなんとも思わない額だけど、今はそうは行かない……二万ゴールド、それも奴隷の身でとなると、想像を絶するような労働が必要になるだろう。


「それでも……僕はやり遂げてみせる」


 自らのことを奮起すると、僕は早速近くにあった食べ物を売っている店の店主の男性に話しかける。


「すみません、ここで働かせてもらいたいんですけど、何かお手伝いできることはありませんか?」

「あぁ?」


 困惑した声を上げながら、店主の人は僕の方を見る。

 すると、眉を顰めて言った。


「んな立派な服着てるような貴族様に渡せるような金はうちにはありませんぜ」


 立派な服……あぁ、この紳士服のことか。

 前金髪の女性に紳士服の上着を渡したが、そのことをセシフェリアに伝えると「え〜!上着がなくてもセクシーな感じだけど上着があった方がピシッした感じだから普段は上着着てないとダメだよ!」ということで、新しく同じ型の上着を渡されたため、今はまた元通りのしっかりとした紳士服となっている。

 だが、仕事をさせてもらうためには、僕はこの店主の誤解を解かないといけない。


「僕は貴族じゃなくて奴隷です、なのでいただけるのであればどんな額でも────」

「奴隷だぁ!?テメェ!奴隷の分際でそんな良い服着やがって!!うちには奴隷なんぞにくれてやる金は無え!消えろ!!」

「……」


 吐き捨てるように言った店主の言葉を聞いて、これ以上この店主の相手をしても無駄だと判断した僕は、大人しくその場を去った。

 そして、その後も何度か色んなお店で同じことをしてみたが────


「奴隷のくせに欲張ってんじゃねえぞ!」

「奴隷が話しかけて来てんじゃねえ!」

「奴隷が!とっとと消えやがれ!!」


 奴隷、という理由だけで拒絶され、この辺りの商売激戦区と思われる場所で商売をしていると鬱憤も溜まるのか、今現在目の前に居る最後の一人に関しては僕のことを強く突き飛ばしてきた……ここで変に抵抗しても面倒なことになりそうだし、ここは素直に突き飛ばされておこう。

 そのまま街の大通りへ突き飛ばされた僕、その勢いのまま地面に手を着く。

 あんな素人の攻撃で痛みは感じないし、体だってこれで怪我をするほど柔な鍛え方をしては居ないから大丈夫だけど……


「やっぱり、こんな国にサンドロテイム王国が滅ぼされるわけには行かない」


 そのためにも、もっと頑張らないと。

 そう思い地面に着いている手に力を入れて立ちあがろうとした時────


「あ、あなた、大丈夫ですか!?」


 そんな声が聞こえて来たため、僕がその声の方を見上げると、そこにはサラサラでピンク色の長い髪の女性が立っていた……大通りの通行人か。

 僕はすぐに立ち上がると、横に退いて言う。


「通行の邪魔をしてすみません、どうぞ通ってください」

「そ、そんなことは気にしていません!それよりも、今強く突き飛ばされていましたよね!?」

「確かにその通りですけど、見てたんですか?」

「はい……い、いえ!落ち着いている場合ではありません!どこかに怪我あるかもしれませんから、私と共にあちらのベンチへ行きましょう!」

「ご心配いただいてありがたいですけど、あのぐらいだったら全然平気なので、お構いなく」

「そういうわけにもいきません!とにかく私と一緒に来てください!」


 できれば今すぐにでも別の店へ行きたいところだけど、ここまで心配してくれている女性の優しさを無下にはできないか。


「わかりました」


 ピンク髪の女性の提案通り、二人で近くにあったベンチに座ると、ピンク髪の女性は僕の体を見渡して言った。


「一見、怪我や出血は無いようですけど……私からは見えない服の中に、何か違和感などはありませんか?」

「はい、本当に大丈夫です」

「そうですか……良かったです」


 ピンク髪の女性は、胸を撫で下ろして安堵したように言う。

 ……このエレノアード帝国にも、少しは優しい人も居るのか。


「それにしても、お客さんのことを突き飛ばすなんて、酷いお店の店主さんも居たものですね」

「あぁ、いえ、僕は客として行ったわけじゃなくて、働かせて欲しいとお願いしに行ったんです」

「だとしても、それだけで突き飛ばすなんて、私はやっぱり酷いと思います」


 ……それだけで、か。

 なら、エレノアード帝国に住まう人間であれば、どんなに優しい人間だろうとその皮が剥がれる言葉を伝えよう。


「僕が奴隷だから、仕方無いんだと思います」

「っ……!」


 ピンク髪の女性は、驚いた表情と声を上げる。

 ……こう言えば、奴隷制度が当たり前のエレノアード帝国の人間は何も言うことができないだろうし、そもそもそのことに違和感を覚えている人間だって居ない。

 そして、そのことに気付けばこのピンク髪の女性だって僕に対する態度を急変させ────


「そのようなことはありません!」

「っ……?」


 ピンク髪の女性が突如予想外のことを言い出して素直に困惑していると、ピンク髪の女性はさらに続けて言う。


「すみません、身なりや雰囲気から、あなたは奴隷の方では無く貴族の方だと思って居たので少し驚いてしまいました……が、あなたは奴隷などである前に、一人の人間なのです!」

「っ!?」


 もちろん、僕だってこのエレノアード帝国に居る奴隷の人たちにそう伝えたいし、そう思っている。

 この女性の容姿や服装、雰囲気や口調には品性があるから、間違いなく貴族だ……この国の貴族にも、そんな思いを持っている人間が居たのか。

 僕がそんなことを思っていると、ピンク髪の女性は、その紫の瞳で僕の目を覗き込むようにしながら言った。


「それに……あなたは、他の奴隷の方達とは違います……私はその、たくさんの奴隷の方を見て来ましたが、その私があなたのことを奴隷だと見抜け無かったのは、身なりや雰囲気といったものだけでなく、もっと別の異質なものを感じたからだと思います……その力強い意志を感じる目、私などでは測り知れないほどのものを背負っているといった目です……お答えください────あなたは、一体何者なのですか?」

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