制度違反

 ────セシフェリア公爵家で生活を始めてから一週間。

 あの書庫の一件があってからすぐに行動を起こすのは得策では無いと判断した僕は、この一週間は静観を続けた。

 だけど、ただ静観を続けたわけじゃなく、近々セシフェリアともう一人の公爵家の令嬢で会食が行われることや、机の上に置いてあった記事などでサンドロテイム王国との戦況などを把握していた。

 戦況の方は。サンドロテイム王国の皆んなが頑張ってくれているおかげで、そこまで変わりはなかった。

 強いて驚いたことと言えば、記事に『奴隷オークション!クレア・セシフェリア公爵、奴隷を一千万で落札!』ということぐらいだ。

 ……それはそうと。


「セシフェリアさん」

「どうしたの?」

「……以前お伝えさせていただいていた奴隷服のことなんですけど、まだ時間がかかりそうですか?」

「あ〜!ごめんね?カッコいい奴隷服を今ちゃんと練ってるところだから、もう少しかかりそうだよ」

「そ、そうですか」


 できればこの紳士服から奴隷らしさを感じる服に着替えたいところだったけど、奴隷の立場でセシフェリアに強要することはできない。

 そんなことを考えていると、ちょうど今僕が考えていたことに関連する話をセシフェリアが口を開いて言った。


「それはそうと……ルークくん、今日は私と街にお買い物に出るって話覚えてるよね?」

「はい、覚えてます」


 覚えているからこそ、できればもしかしたら貴族と間違われるかもしれないこの格好じゃなくて、わかりやすい奴隷服を着たかったけど……これに関しては、本当に仕方無い。


「今後ルークくんが街に出ることがあるかどうかはわからないけど、一応今日は案内もしてあげるね!」

「ありがとうございます」


 ということで、僕とセシフェリアは二人で馬車に乗って街へと向かう。

 服装を抜きで考えるのであれば、街を案内してもらえると言うのはとてもありがたい……街の雰囲気や出ている店や商品を見ることで、サンドロテイム王国との違いや、どう経済が回っているのかが見えるからだ。

 僕が一体どんな違いがあるのだろうかと想像を巡らせていると、馬車はあっという間に街に着いたため、セシフェリアと一緒に馬車から降りる。


「……」


 建築様式は、窓やガラスが多用されていて、外壁の装飾に力の入れられている石造りの建物といった感じで、サンドロテイム王国と大差ない。


「買い物に行く前に、まずは案内からしてあげるね」


 そう言ったセシフェリアは歩き始めると、早速口を開いて言った。


「ここが大通りで、食べ物から装飾品まで、この通りで全部解決すると思うよ」


 ……あくまでも店外から見た感想だが、装飾品の数や店がサンドロテイム王国よりも少し多いような気がする。

 商業というのはいかに貴族に目を付けてもらえるかだから、この国の貴族は装飾品に興味のある貴族が多いということなんだろうか。


「で、あそこがカウンター席の酒場……色んな人と会えるから、たまに行くと面白いらしいよ」


 行く機会があるかはわからないけど、一応覚えておこう。


「あれが奴隷市場で、あっちが貴族御用達のレストラン」


 ────貴族御用達のレストラン……!

 これは有力な情報だ……貴族がたくさん居る場所ということは、そこにはサンドロテイム王国との戦争に関わっている人間も居るはず。

 もしその人間を見つけ出すことができれば、情報を聞き出すことができるかもしれない。

 僕が今日はこれだけでもかなり有益な情報を得られたと心の中で気分を高めていると、セシフェリアが言った。


「まぁ、貴族御用達っていうだけあってあのレストランは高いから、少なくとも私と行くときとかじゃなかったら、ルークくんには関係無い場所かな」


 お金……そうだ。

 今まで僕は、王族として生を受けたからお金なんて気にしたことが無い生活を送ってきたけど……敵国でお金を稼ぐ、それも奴隷の身でなんてどうすれば良いんだ?

 街では何をするにしてもお金が居る……情報を得るにしても、お金が無いとあのレストランに入ることすらできないし、セシフェリアと一緒にレストランに入ることがあったとしても、セシフェリアの近くで怪しい行動をすることは好ましくない。


「……」


 このお金の問題は、もしかしたら今後一番に解決しないといけない問題かもしれないな……その後も僕は地下闘技場や宿屋など、サンドロテイム王国にあるものや無いものも教えてもらった。


「一応この街はこれで全部……だけど、一つだけ」


 セシフェリアは、ある方向に人差し指を差して言う。


「この街から一つ外れた場所にあるあっちの方には、絶対に行ったらダメだよ」

「わかりました……でも、どうしてですか?」

「あっちは娼館とかがある場所だからだよ……言わなくてもわかってると思うけど、もしルークくんが私に許可なくそんなところに行ったりしたら────」

「い、行きません!」

「うん、ルークくんはいい子だね」


 暗い声を発していたセシフェリアは、僕の返事を聞くと明るい表情と声でそう言った。

 元々、僕がそんなところに行ったりするはずはないし、今後もそんなことは無いだろうから、このことは頭の片隅に留めておく程度で良いかな。


「じゃあ、これで案内は終わったから、早速買い物行こっか!」

「わかりました」


 そして、僕とセシフェリアはその買い物というものに向かうべく一緒に足を進める……けど、僕は一つ気になっていたことがあったので、そのことをセシフェリアに聞いてみることにした。


「そういえば、今日の買い物で何を買うかは教えてもらってなかったですけど、今日は何を買────」


 僕がそう聞きかけた時。


「や、やめてください!」

「うるせえ!こっちは今鬱憤が溜まってんだよ!」

「っ!?」


 そんな声が聞こえた僕は、咄嗟にその声の方を向く……すると、建物と建物の間の路地裏に、二人の男女が居た。

 こ、こんな街にも聞こえるようなところで暴漢!?

 なんて驚いてる場合じゃない、早くあの女性のことを助けないと!

 そう思って駆け出そうとした僕だったけど────そんな僕のことを、セシフェリアさんは腕を掴んで止めた。


「セシフェリアさん!?どうして止めるんですか!?」


 僕がそう言っている間にも、路地裏の方から声が聞こえてくる。


「奴隷の分際で抵抗してんじゃねえ!服を脱ぎやがれ!」

「い、嫌です!離してください!」


 そんな声が響いて僕が激情に駆られているも、セシフェリアは落ち着いた様子で言った。


「聞いたでしょ?あの女の子は奴隷なの」

「そんな……だから見過ごせって言うんですか?」

「それがあの子のためだよ、ここで半端に手助けしても、家に帰ったりした後であの子がもっと酷い目に遭わされるだけ」


 セシフェリアの言っていることが正しいのはわかる……わかるけど。


「どこの貴族様の奴隷か知らねえが、お前みたいな奴隷は俺が躾けてやる!」

「だ、誰か助けてください!」

「っ……!」


 例え他国の人であったとしても────サンドロテイム王国の王子である僕がここで見過ごすことを選ぶなんて、したらいけない!そんな人間がサンドロテイム王国の王になって良いはずがない!

 僕は、セシフェリアの手を振り切ると、そのまま走って路地裏に向かった。

 そして、肥満体型の男に両手を押さえられて、大きな胸の谷間どころか胸の大半が見えるほどに服をはだけさせられている赤髪の女性の姿を目撃する。

 今にも服を脱がせようとしていたようだったけど、僕はその男のことを思い切り殴り飛ばす。


「ぶがぁっ!!」


 そして、殴り飛ばしたその男に近づいて行くと、男は声を荒げて言った。


「お、お前!いきなり何しやがる!!」

「黙れ」


 もはや、まだセシフェリアの来ていないこの場に置いて奴隷を演じる必要など無いので、僕はアレク・サンドロテイムとして言葉を発する。


「あなたのような人間が居るこの国のせいで、善良な民の住まう僕の国が滅ぶかもしれないと考えただけで憎悪が堪えない」

「僕の、国……っ!もしかして、……」


 後ろで女性が何かを呟いているようだったけど、今の僕にはこの男に対する怒りと憎悪しかない。


「ク……クソッ!な、なんだよ、あんただってエレノアード帝国の貴族様なら、ちょっとぐらい奴隷に鬱憤を晴らしたいと思ったことがあるだろ!?」

「僕がこのエレノアード帝国の貴族……?どこまでも不愉快な……」


 セシフェリアや街の人がこういったところを見過ごすという選択をしてしまうのは、ある種仕方の無いことだ。

 奴隷制度のある国ではきっとそれが普通で、他の国から来た僕の今の行動の方がおかしいんだろう。

 街の人はわからないけど、少なくともセシフェリアは普通に接している分には優しい女性であることには間違いない……だから価値観の違いはあっても、人として軽蔑するようなことは無い。

 だけど────こういう人間だけは、絶対に許せない。


「ぐぁっ!!」


 僕がもう一度この男のことを殴ると、男は意識を失ったようだった。

 その直後、僕は赤髪の女性の方に向かうと、はだけた服を元通りにして言った。


「大丈夫ですか?僕がここに来る前、何か酷いことされませんでしたか?」


 僕がそう聞くと、赤髪の女性はどこか呆気に取られた様子で頬を赤く染めて言う。


「は、はい……私は大丈夫です……あの……あなたは?」

「……僕はルークと言います、こんな身なりですけど奴隷です」

「奴隷……ということは、やはり、あなたもそうなの?あなたも、他国からこのエレノアード帝────」


 僕が奴隷であることを告げた瞬間、少し雰囲気が変わった赤髪の女性が何かを言いかけた時。


「はぁ、ルークくん、私の制止を振り切って走り出すなんて、ルークくんじゃなかったら即刻首無くなっちゃってたんだからね?」

「……セシフェリアさん」

「まぁ、それでも行かせてあげたのは、その男が制度違反してたからなんだけどね」

「……制度違反?」

「ほら、さっきその男がどこの貴族の奴隷か知らない、みたいなこと言ってたでしょ?自分の買ってる奴隷ならともかく、そうじゃない奴隷に乱暴するのは奴隷制度に違反してるんだよね」


 なるほど……奴隷制度には詳しくなかったけど、一応そういった制度があるのか。


「っていうことで、もう街のそういう役柄の人間に話は通してて、その男は出されるべきところに突き出されることになってるから、君は今後の心配をすることなく、無事に主人のところまで帰れると思うよ」

「……あ、ありがとうございます」


 赤髪の女性がセシフェリアに向けてお礼を言う。

 ……流石にセシフェリアは手が早いが、今回に関してはありがたいし、最後にこの赤髪の女性のことを気にかけているところからもその優しさが垣間見える。


「じゃあ行こっか!ルークくん!」

「はい」


 そう言ってセシフェリアが路地裏から出たため、僕もその後を追おうとした────けど、服を一枚しか着ていない赤髪の女性を一人にしてもまた何か良くないことが起きるかもしれないため、僕は紳士服の上着を脱ぐと、赤髪の女性の肩にゆっくりとかけた。


「これは好きに使ってください……それでは」

「……ありがとう、ルーク」


 その服を両手で大事に握って小さく微笑んだ赤髪の女性からのお礼を聞き届けると、僕もセシフェリアに続いてその路地裏を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る