興味

 セシフェリアの提案によって、今からご飯を食べることになったわけだけど────僕の目の前に並べられた料理は、セシフェリアの前に並べられている料理と全く同じ高級なお肉料理だった。


「あの……ぼ、僕がこんな豪勢なものを頂いてしまっても良いんでしょうか?」

「もちろんだよ!ルークくんには、美味しいものいっぱい食べてほしいからね!ほら、早く一緒に食べよ?」

「……ありがとうございます」


 先ほどの面談の時とはまるで別人のようなセシフェリアだが、特に気にしないことにして目の前にあるナイフとフォークを手に持つ。

 ……こうしてナイフとフォークを手に持つことができるのは、サンドロテイム王国に帰国してからだと思っていたから、こんなに早く持つことができるというのはかなり予想外だ。

 それから、僕たちは隣り合わせに一緒にそのお肉料理を食べる。


「……」


 これは……やはり、とても高級なお肉だ。

 噛む度に口全体に旨みが広がって、薄く余分な脂も乗っていないから後味も無い……サンドロテイム王国の王城で出されるお肉とは違う味だけど、これはこれでとても美味しかったため僕が夢中になって食べる……本当に美味しい。

 その途中で、セシフェリアが僕に向けて言った。


「ルークくんって、奴隷になる前は結構良い家の生まれだったの?」

「っ!?」


 今日という短い間でも、僕はセシフェリアに何度かその発言に驚かされ、僕の正体がバレているのでは無いかと思うことがあった。

 でも、それらは全て、僕の正体に繋がるようなものでは無かった────けど、今回は違う……今回は、明確に僕が奴隷になる前に良い家で生まれたのかという疑問を投げかけてきている。


「……どうして、そう思ったんですか?」


 僕がその思考に至った理由を探るべくそう聞くと、セシフェリアが言った。


「ナイフとフォークの持ち方だけじゃなくて、姿勢とか他の基礎的なところも含めてテーブルマナーがすごく出来てたから」


 ────テーブルマナー……!

 そうだ……生まれてから十六年、僕は王族として生を受けて、幼い頃にテーブルマナーを教えられてからはもはやそれがテーブルマナーだという意識すらせずにそれを行っていたから、普通の奴隷にテーブルマナーがあるのがおかしいということに気付けなかった……!

 これは、大きな失態……だが、致命傷では無い。

 別に僕がサンドロテイム王国の王族だとバレたわけでも、サンドロテイム王国の人間だとバレたわけでもない……それなら。


「た、たまたまだと思います、公爵様のお屋敷で食事をさせていただいていると思うと、なんだか気が引き締まるので……」


 ここで奴隷以前は地位のあるものだったとバレてしまえば、今後の僕の行動一つ一つが警戒されてしまう可能性があるため僕はそう嘘を吐く。


「え〜!そんなこと気にせず、自分のお家だと思ってリラックスしてくれても良いんだよ?この空間には今私とルークくんしか居ないんだから」

「奴隷の僕が公爵様のお屋敷でリラックスなんて……でも、セシフェリアさんがそう仰ってくださったのであれば、そうなれるように努力していきたいと思います」

「うん!二人で楽しく過ごせるようにしていこうね!」


 それから、僕とセシフェリアは一緒にお肉料理を食べ進めた。

 そして、美味しいお肉料理を完食すると、僕はセシフェリアと一緒に廊下を歩く。


「ルークくんが美味しそうにお肉食べてる顔、可愛かったな〜!本当に美味しく食べてくれてるのが見るだけでわかって、ずっとお肉食べてて欲しいぐらい可愛い顔してたよ〜」


 ……今まで王族として生きてきて、容姿を褒められることはあったけど、こういったことを言われたことは無かったため僕にはどう反応したら良いのかがわからない。

 僕が反応に困っていると、セシフェリアが続けて言う。


「それはそれとして、私どうやったらもっとルークくんと仲を深められるのかなって考えてたの……もちろん、今私たちの関係の間には奴隷制度っていうものが間にあるわけだけど、私はそういうのを抜きにしてもルークくんと仲良くなりたいんだよね……そこで!」


 セシフェリアは、両開きドアの前で止まると、そのドアを開けて僕のことを中に招いた。

 ここは……脱衣所────まさか……!

 僕がセシフェリアの目的に気付いたのも遅く、セシフェリアはその言葉をハッキリと発した。


「今から、ルークくんと一緒にお風呂に入ろうと思うの!」

「っ……!」


 ────サンドロテイム王国の王族の僕が、戦争中の敵国、エレノアード帝国の公爵の女性とお風呂に入るなんて冗談じゃない!

 どんな手段を用いても、これだけは絶対に阻止しないといけない……どんな過程であったとしても、民が今も苦しんでいる可能性があるのに、そんな中で敵国の女性とお風呂に入るなんて許されて良いはずがない!

 そう強く心の中で叫んだ僕は、セシフェリアに言う。


「僕なんかと一緒にお風呂に入ったら、将来セシフェリアさんの婚約者となられる男性が嫌がるんじゃないですか?」


 あくまでも一般論としてそう言った僕だったが────セシフェリアは、目を見開くと僕に距離を縮めてきて声色を暗くして言った。


「私はルークくん以外の男なんて興味無いよ」

「……え?」


 突然セシフェリアの雰囲気が変わったことに少し困惑する。

 どうしてセシフェリアの雰囲気が突然変わったのか、それは僕には全くわからないが、距離を縮めてきたセシフェリアは僕と目を合わせて来て言った。


「今まで何度も婚約の話はもらってきたけど、みんな結局私の家柄、能力、容姿とかが目当てで、なんだったら全員私の方から願い下げな男ばっかりだったから断ってきた……だけど────ルークくんからは、今までの男から感じたことのないものを感じるの」


 続けて、セシフェリアは僕の顔に両手を添えると僕の目を真っ直ぐ見て言う。


「最初は奴隷の子だからなのかなって思ったけど、今まで出会ってきた他の貴族の奴隷の子からはこんなの感じ無かったし、当然貴族の男からも感じなかった……ルークくんのその綺麗で強い意志のある赤い瞳に、ルークくんから感じるどこか異質な雰囲気……わかるかな?私は、君のことしか見てないの────だから、もう私に他の男が居るなんて気持ち悪いこと言ったらダメだよ?」


 そのセシフェリアの言葉の一つ一つには、息をするのを忘れてしまいそうなほどの緊迫感のようなものを感じた。

 クレア・セシフェリア……まだまだ底が見えないな。

 でも、ひとまず僕はそのセシフェリアの言葉にゆっくりと頷くと、セシフェリアは僕の顔から両手を離して明るい表情で言った。


「じゃあ、そういうことだから一緒にお風呂入ろっか!」

「っ……!」


 そうだ、今はそういう話の途中だったんだ……!

 一般論が通じない以上、もはや感情に訴えかけるしかない。


「ま、待ってください!その……一緒に寝るのと同じように、一緒にお風呂に入るというのも……」

「十六歳の男の子のルークくんが恥ずかしがるのはわかるよ?だけど、これは私だけに利がある話じゃなくて、ルークくんにも利がある話なの」


 ……僕にも利がある?

 ……もしそれが、例えば公爵の権限でしか入れないような場所に僕も入らせてもらえるとかなら、サンドロテイム王国のためにもセシフェリアと一緒にお風呂に入っても良いかもしれな────


「もしルークくんが私と一緒にお風呂に入ってくれたら、私のおっぱいたくさん見せてあげる!」

「っ……!?」


 な、な、何を言ってるんだ!?


「奴隷って言っても、ルークくんだって男の子なんだしおっぱいに興味あるでしょ?私結構大きいし、形も────」


 僕だって男性だ。

 正直、興味があるかないかと聞かれればある……だけど。

 ────敵国の女性のになんて興味はない!!

 自らにそう言い聞かせると、僕は大きな声で言った。


「僕は後で入らせてもらうので、セシフェリアさんは先に一人で入っててください!!」


 そう言うと、僕はこの脱衣所から駆け出す。


「待って!見るだけじゃ満足できないなら、触っても────」


 意味のわからない言葉を羅列するセシフェリアを背に、僕は脱衣所から出るとその両開きドアを閉めた。

 顔に、どこか熱が帯びているような気が────


「ち、違う!これは、走ったからだ!」


 断じて、そういった想像をして顔に熱が帯びているわけじゃない!


「……っ」


 本当に調子が狂わされる……こんな場所に長居したら、僕の身がどうなるかわかったものじゃない。

 ……今夜だ。

 今夜、セシフェリアが眠っている間に書庫から機密情報やこの国の弱点となる情報を見つけることができたら、すぐにでも帰国しよう。

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