屋敷
僕がセシフェリアに渡されて今着ているのは、黒と白でできたオーソドックスな紳士服で、それ以上でもそれ以下でもない────けど。
「か、か、カッコいい〜!え〜!嘘!!あの布切れの服の時でも本当にカッコよかったのに、ちょっとちゃんとした服着るだけでそのカッコよさが引き出されるっていうか、服がルークくんに追いついた感じする!!」
そんな紳士服を着て衣裳室から出た僕は、衣装室の前で僕のことを待っていたセシフェリアはとても絶賛していた。
……今は任務中であることに加え、敵国の公爵家の人間から褒められても全く嬉しくないため、僕はそんなセシフェリアのことを無感情に見る。
「はぁ〜!なんていうか……ルークくんカッコよくて可愛いから、そういうちゃんとした服着てると脱がせたくなるよね!」
ならない、どうして着せたばかりなのに脱がせたくなるんだ。
もはや、今はセシフェリアの言葉に対していちいち思考しない方が良いと考えた僕は、そのまま別のことを考えることにしよう。
「本当に品があって綺麗な顔立ち……どこかの王子様みたい」
「っ!?」
────王子!?
別のことを考えると決めた直後に、そんな発言をするとは……
「ん、驚いた顔してるけど、どうかしたの?ルークくん」
「い……いえ……」
落ち着け僕、今のはあくまでも顔の造形がこのセシフェリアの価値観を通して見た場合に僕の顔がそういう類の顔に見えたと言うだけで、何も僕が本当は王子であるということが見抜かれたわけではない。
むしろ、ここで動揺する方が不自然。
「ど、奴隷の僕なんかが王子様のような顔なんて、恐縮です」
「え〜?でも、本当に王子様みたいな顔なんだよ?」
セシフェリアの口から王子という単語が出るたび、僕の心臓が強く打たれるが、それは表には出さない……というか、そうだ。
こんなオーソドックスな紳士服なんて着ていたら奴隷ではなく貴族と間違われてしまうかもしれない……貴族と間違われる分には何も問題無く、むしろ情報を集めやすくなるのではないかと思うかもしれないが、そうではない。
極端な話、貴族だと間違われたせいで互いに自己紹介をするような機会があれば、その時点で僕は確実に嘘を吐かなくてはならない状況になってしまい、一つの矛盾が生まれる。
その矛盾の裏を取られれば、戦争中の国であるエレノアード帝国は、他国のスパイである僕の首を刎ねるだろう。
僕の首が刎ねられるだけなら良いけど、僕の首が刎ねられるということは、サンドロテイム王国がほとんどの確率で滅亡してしまうということだ。
そんなことだけは、僕が絶対に起こさせない……!
「……僕にこんな高そうな服は似合わないというか、あまり落ち着かないので、もう少し他の奴隷の人が着ているようは服を着せていただくことはできませんか?」
今の僕は少しのミスが命取りなため、顔は変えることができないにしても最低限貴族や他国の権威あるものと間違われないようにするため服を変えてもらうようお願いする。
それに対して、セシフェリアは自らの口元に人差し指を当てながら言った。
「う〜ん、私はそれでも良いと思うけど、ルークくんが落ち着かないって言うなら仕方ないよね……でも!奴隷の子が着るような服の中でも、私なりにカッコいいのをルークくんには着て欲しいから、オーダーメイドしておくよ!だから、それまではその服で我慢してね?」
「か、カッコいいの……ですか?あの、僕は別にカッコよさとかは────」
そう言いかけた僕との距離を縮めて、セシフェリアは言う。
「ダ〜メ!ルークくんのお願いはできる限り聞いてあげたいけど、私だってルークくんにはできるだけカッコいいのを着て欲しいっていう願いがあるの!」
……まぁ、今のままこの紳士服を着せられ続けるよりは、カッコいいとは言っても奴隷らしさを感じる服の方が良いか。
「……わかりました」
「うん、いい子いい子!じゃあ、次はルークくんが今日から毎日寝ることになる場所に行こっか!」
僕が毎日寝ることになる場所……奴隷が相手だというのに、本当に丁寧なことだ。
服を用意してくれたり、寝室を用意してくれたり、そういう意味ではこのセシフェリアはこのエレノアード帝国の貴族の中でも性格が良い方の貴族なのかもしれない。
「ここだよ〜」
階段を登って二階の廊下を少し歩くと、セシフェリアがあるドアの前で足を止めると、続けてそのドアノブを捻ってドアを開けて俺のことをその部屋の中に招いた。
すると、そこには一つのベッドとそのベッドを挟むように二つのベッドランプが置いてあった。
言うまでもなく壁や天井は綺麗だ。
「……奴隷の僕がこんな場所で寝ても良いんですか?」
「もちろんだよ!確かにルークくんは奴隷なのかもしれないけど、私はルークくんにはできるだけ楽しく生活して欲しいと思ってるからね!」
それにしたって奴隷にこんなしっかりとした一室を明け渡すとは……まだ掴みどころは無いが、セシフェリアに対してはもう少し警戒心を解いても良いのかもしれな────
「これで、今日から毎日寝るだけなのも起きるだけなのも楽しみができちゃうよ〜!だって、寝るときは隣にルークくんが居て、起きてもすぐにルークくんの顔を見ることができるんだから!」
「っ!?」
ね、寝るときは隣!?
起きてもすぐに僕の顔を見ることができる!?
僕が気を抜いたタイミングでとんでもない発言をしてくるセシフェリアの言葉に対し、とても驚愕する。
今ももしかしたらサンドロテイム王国の民がどこかで苦しんでいるかもしれないという状況で、僕が敵国の公爵の女性と同じベッドで眠るなんて冗談じゃない。
「ぼ……僕なんかが公爵のセシフェリアさんと一緒に眠るなんて、恐縮でとてもじゃないですけど眠ることができるかどうかわかりません……僕は、馬小屋や倉庫などがあれば、そちらの方で眠らせていただければ十分です」
正直、今まで僕は王族としてとても寝心地の良い場所で寝てきたから、寝心地の悪いところというのはあまり得意では無いけど、こんな状況で敵国の女性と一緒に眠ることなんかに比べれば何百倍もそちらの方がマシだ。
「そんなところで寝たら風邪とかよくわからない病気にかかっちゃうかもしれないからダメ!」
「で、でも、一緒のベッドで眠るというのは……その……」
僕が他にどう説得すれば良いのかを脳内で言葉を探しながら口を開いて言葉を発していると、セシフェリアが何かを思いついたように少し口角を上げて言った。
「そっか〜、ルークくんも十六歳の男の子だもんね……立場に違いがあるって言っても、一つしか歳の変わらない私と一緒のベッドで寝るってなるとドキドキしちゃうよね、確かに私も今ルークくんと一緒に寝るって考えると少しドキドキして来ちゃった……」
僕からしてみればそんな次元の話ではないが、もはや同じベッドで寝ることを回避できるなら理由付けはなんでもいい。
「でも、安心して!仮にルークくんのルークくんが大きくなっちゃってたとしても、それは生理現象で仕方の無いことだし、当然私はそんなことでルークくんに怒ったりしないから!」
ルークくんの、ルークく────っ!!
「ぼ、僕はそういうことを言いたいんじゃな────いです」
思わず敬語を使い忘れそうになったところをどうにか軌道修正すると、僕は続けて口を開いて言う。
「ただ、やっぱり奴隷の僕と公爵のセシフェリアさんが一緒に寝るというのは、常識的におかしいと思っただけで……」
「……もう〜!わかったよ、そこまで言うなら今日中にこの部屋にベッドを用意してもらうから、それぞれのベッドで寝よ?それでいい?」
本当なら別部屋にして欲しいところだが、ベッドが違うというだけでも大きな進歩だ……奴隷の身でこれ以上望むことはできない。
「はい……セシフェリアさんは、毎日大体何時ぐらいに寝るんですか?」
「ん〜、日が替わるぐらいの時間かな?」
ということは、深夜は僕がこの屋敷内を徘徊してもセシフェリアにバレることは無いということだ。
「わかりました、僕もその時間に合わせて眠ります」
「ルークくん気が利いて優しいね、ありがとう!」
その後も僕はセシフェリアによってこのセシフェリア公爵家の屋敷内を客室からお風呂、書庫も含めて一通り教えてもらった。
「うん、普段使いそうなところはこのぐらいかな、またわからないことがあったらなんでも聞いてね」
「はい、ありがとうございます」
僕がそうお礼を言うと、セシフェリアは近くにある時計を見て言った。
「そろそろ侯爵の貴族が私のところに来て面談しないといけない時間だから、良かったらルークくんもその面談見ててくれないかな?」
これは願ってもない話だ。
エレノアード帝国の貴族同士の会話を見られる機会なんて、サンドロテイム王国の王族である僕には本来全く無い。
その光景をこの目で見られる……もしかしたら何か良い情報を得られるかもしれないと期待を抱きながら、その話に頷く。
「わかりました、控えさせていただきます」
「ありがと!じゃあ行こっか!」
「はい」
奴隷として他国の王族が潜入して来ていると考えないのはしかたなが無いものの、まだ出会って間もない奴隷に貴族同士の会話を見せるとは……このセシフェリアは、公爵の人間としてそこまで優秀じゃないのかもしれないな。
そんなことを思っていたのも束の間────僕はこの面談を見て、セシフェリアに対する評価を大きく改めることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます