経験

 奴隷のオークション会場から出ると、僕は馬車に乗せられた。

 馬車の空間には僕とこの白髪の女性二人。

 僕たちが乗り込んでからすぐに馬車が動き始めると、僕の隣に座っている白髪の女性が口を開いて言った。


「十分ぐらいで私の家に着くと思うから、それまで二人でお話しよっか」


 家、ということはつまり公爵家の屋敷か……敵国の公爵の屋敷の中に入るとなると少し緊張感もあるが、今の僕は奴隷。

 何も緊張することはない。


「早速だけど、ルークくんは何歳なの?」


 年齢に関しては特に隠す理由は無いし、隠したことによって僕の年齢では禁じられているようなことをさせられても厄介ごとが増えるだけなため、ここは正直に答えた方が良いかな。


「十六歳です」

「そうなんだ〜!それなら、私より年下の子だね〜!可愛い〜!」


 年下……それなら、この白髪の女性は一体何歳なんだろうか。


「ねぇ、それじゃあ、私は何歳ぐらいに見える?」


 僕がそんなことを思っていると、白髪の女性が今僕の抱いた疑問と全く同じことを聞いてきた。

 ……普段の言動からすれば僕より年下でもおかしくないけど、体の成熟度や静かにしている時の雰囲気は間違いなく大人びている。

 かと言って、今まで王族としてたくさんのサンドロテイム王国の公爵の人間と会ってきた経験がエレノアード帝国の公爵の人間にも当てはまるのかはわからないけど、僕よりもかなり歳が離れているという感じはしない。


「十七歳だと思います」


 最終的に一つ年上だと結論付けると────白髪の女性は、とても気分が上がったように嬉しそうな表情で言う。


「正解!正解だよ!まだ出会って間もないのに私の年齢当てちゃうなんて!やっぱりすごいね〜!君のこと買って良かったよ〜!」


 エレノアード帝国に潜入する上で、奴隷として過酷な扱いを受けることや、最悪の場合正体がバレて命が危険になることだって想定して来ていたけど────ここまで公爵らしさを感じない貴族に買われることになるとは、全く想像していなかったな。

 それから白髪の女性は一人でしばらく楽しそうに言葉を発していると、僕の方を見て言った。


「金髪で赤目って珍しいよね……私、君の目好きなんだ〜」


 そう言うと、白髪の女性は僕の右目にかかっている前髪を左手で避けて言った。


「とても綺麗で、強い意志が感じられる目……ずっと見てたい」


 どこかうっとりした様子でそんなことを呟く。

 僕はそれに対して何も返さず、かと言って奴隷の身である以上抵抗することは許されないため、そのまま大人しくしておくことにした。

 それから、やがて馬車が停車すると、僕たちは馬車から降りる。

 そして、目の前にある門の奥にある大きな屋敷を背にして、白髪の女性は明るい表情で言った。


「ここが、今日から君も住むことになる私の家、セシフェリア公爵家の屋敷だよ!どう?結構大きくて広いでしょ?」


 これは……いくら公爵の貴族と言っても、屋敷が大きすぎるし敷地も広大過ぎる。

 数千万円を簡単に出せるような家だからそれも当然なのかもしれないけど……エレノアード帝国は、他国から領土を奪うからこのぐらいは普通なのか?

 ……今そんなことを考えても仕方ないか。


「はい」


 僕がそう短く返事をすると、白髪の女性はそれで満足したのか二人の門番に門を開けさせる。

 そして、屋敷の目の前までやって来ると、白髪の女性はその扉を開けて僕のことを屋敷内に招いて、廊下を歩く。

 屋敷内の装飾も豪華で、所々で使われているものにこの家の主人の嗜好を感じる……幸い、僕は今まで貴族の人と接してきた機会が多く、貴族の人の嗜好や趣味の話もある程度詳しいため、仲良くなって情報を得られる可能性もあるかもしれない。


「まずはここかな〜!」


 そんなことを考えながら白髪の女性の後ろを歩いていると、白髪の女性が大きな声でそう言って足を止めたため、僕も足を止める。

 そして、白髪の女性が開いたドアの先には────たくさんの洋服があった。


「ここは……衣装部屋ですか?」

「正解!いつまでもそのボロボロの布切れを着せてあげるのは可哀想だからね」


 奴隷の僕に対して随分と優しいな……でも、だからと言って僕が今後情報を得ることに手を緩めることは一切ない。


「ルークくん、服選びは得意?」


 ……普段は王族服しか着ないし、何か催し事に参加するとなっても用意された服を着るだけなため、正直服選びは得意では無い。

 こんなところで見栄を張っても仕方無いし、ここも正直に答えよう。


「あまり得意ではありません」


 僕がそう答えると、白髪の女性は何故か嬉しそうに目を輝かせて言った。


「そっか!それなら、私が君の服選んであげるね!」


 それから、一着の男性服を手に取ると、僕の目の前までやって来る。


「はい!ルークくん!この服着てみて欲しいから、ルークくんの今着てるその布の服、私が脱ぎ脱ぎしてあげるね〜」


 ……え?

 私が……脱ぎ、脱ぎ?


「こ、公爵様にそのようなことをしていただかなくても、着替えぐらいは自分でできます」

「そんなに私に気遣わなくても良いから、ほら、両手上げて?」


 こんな、屈辱的な……でも、ここで抵抗なんてしたらどうなるかわからない……今の僕は奴隷で、これもサンドロテイム王国のためだ。

 抵抗したい気持ちがありながらも、国のためだと言い聞かせて僕はゆっくりと両手を上げると目を閉じた。

 それから、服を脱がせられるその時を待った────けど、一向に服が脱がせられる気配が無かったため僕が目を開くと、目の前には白髪の女性の口角を上げた顔があった。


「ごめんね?ルークくんの照れた顔が見たかったのと、今まで奴隷として誰かに買われたりしたことがあるのかどうか確かめたくて……でも、これでそんなに照れるってことは、今まで奴隷として買われたことは無いし────女の子の経験も無いよね」

「っ……!」

「うん!良かった〜!ルークくんカッコいいからそこだけが心配だったけど、他に女の子は居ないってことだね」


 そう言うと、白髪の女性は手に持っていた服を僕に渡すと、衣装室のドアに近づいて僕と向かい合って言った。


「改めて────私はクレア・セシフェリア……今日からとっても長い付き合いになると思うけど、よろしくね」


 そう名乗った白髪の女性、セシフェリアはドアノブに手をかけて少しドアを開けると言った。


「ルークくんが着替え終わるの待ってるから、着替え終わったら出てきてね……それと、ルークくんが今一番知りたいと思ってることを教えてあげる」

「っ……!?」


 僕が知りたいと思ってること……そんな言葉が出るということは、もしかしてもう僕の正体がバレたのか?

 だとしたら……この衣装室はまずい。

 出入り口は今セシフェリアが居るドアだけで、それ以外には逃げ場も無い。

 僕が緊迫感を高めていると、セシフェリアは明るい声で言った。


「私も男性経験は無いから、安心していいよ!!」


 それだけ告げると、セシフェリアは衣装室から出て行ってそのドアを閉めた。


「……」


 なんだか一気に気が抜けたような気がしたけど、僕はひとまず今着ている布の服を脱ぐ。

 そして、渡された男性服に着替えると、歩を進めて衣装室のドアを開いた────この時の僕は、まだ知らなかった。

 今後この屋敷で……このエレノアード帝国で生活をしていく中で様々な危機に見舞われること、そして何より────貞操の危機に見舞われることになるとは、この時の僕は全く予想だにしていなかった。

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