ずっと傷だらけのクラスメイトを救おうとしたら、ただ可愛かった話。

ふてぶてしい猫

傷だらけの可愛い隣人

「……見てて痛々しいな」


 俺の隣の席には、普通とはちょっと掛け離れたクラスメイトがいる。


花塚はなつか、聞こえてるよ」

「あ……悪いな」

「いいよ、謝んなくても。そんな反応されるのにはもう慣れてるから」


 無気力な声とともに、俺の方へと振り返る彼女。

 彼女の名前は、比金琴香ひがねことか。小柄でふわっと膨らみのある白髪のボブ、ベージュ色のジト目と薄桃色の唇を持つ、ただの美少女のはずだった。

 彼女の一番の特徴は、何と言っても右頬に付けている大きめのガーゼだろう。知り合って一ヶ月というのに、俺は外したところを一度も見たことがない。そのせいか、俺の中での彼女の印象はずっとガーゼだった。


「いてて……」


 そして、彼女の体には今日も傷ができていた。


「その腕の怪我、大丈夫か?」


 彼女の左腕には、昨日まで無かったはずのあざができていた。


「うん、大丈夫。気にしなくて良いよ」

「そんなこと言われてもな…」


 琴香の言うことに、俺は素直に頷くことはできなかった。

 昨日は右足を怪我してたし、一昨日なんかは頭に包帯を巻いていた。そんな傷だらけの彼女を見て、気にしない方が難しいだろう。


「保健室は行ったのか?」

「朝行った。これは、不幸な私のせいだから、花塚はそんな心配しなくてもいいよ」

「いや、隣でそんなに痛そうにしてたら、心配になるっての」

「もう大丈夫、痛くなくなったから……っ…!」


 目を細め、痛みを堪えようとぐっと腕を押さえる琴香。

 そんな彼女を見ているうちに、俺はいつの間にか、救ってあげたいと思うようになっていた。

 彼女がただの不幸なのだとしても、これ以上彼女が傷ついている姿を見るのは、もう嫌だったから。


「大丈夫…このくらい」

「はぁ…なら、しょうがないか」


 そう言うと、俺は授業中なのにも関わらず、席を立ち上がった。


「花塚?どうかしたの?」


 突然の出来事に驚いた様子の琴香と先生、クラスメイトの視線が、一気に俺に集まる。

 静かだったはずの教室の中が、俺のせいでだんだんとザワつき始め、居眠りしているやつですら起きて途端に俺のことを不思議そうに見つめてきた。


「花塚、どうしたんだ?急に立ち上がって」

「先生、琴香が体調悪いみたいなんです」

「えっ…!?は、花塚?」

「俺は保健委員として、それは絶対に放っておけなくて。なので、俺が責任を持って琴香のことを保健室に連れて行っても良いですか?」

「なっ…!?」

「あ、あぁ、行ってきていいぞ?」


 なんとか先生の許可を得ることに成功した俺は、彼女に対してそっと手を差し伸べた。


「さ、行くぞ」

「な、なんで?」


 珍しくぽかんとした表情で戸惑う琴香だったが、周囲の視線もあったからか、最終的には俺の手を握ってくれた。


 ◇


「失礼します」

「……し、失礼…します…、」


 久しぶりに入った保健室に、俺はどこか懐かしさを感じていた。

 小学生の頃、休み時間中に遊んでて怪我したとき、よくお世話になっていた過去が脳裏に浮かんでくる。


「いらっしゃーい……って、あれ?琴香ちゃんじゃん!朝ぶりだね〜」


 入った途端に聞こえてきた元気な声の正体を、俺は知っている。


「相変わらず元気ですね、柚子葉ゆずは先生」


 柚子葉ゆずはこより、二十九歳。今年入った保健の先生だ。この人を一言で表せと言われたら、"元気"という言葉が一番似合う人だ。

 茶髪のポニーテールで焦茶色の瞳、大人っぽいオーラ全開の美人なのだが、そんな美貌を持っているはずなのに、いつも何か企むようなにやけ顔をしているせいで、全部台無しになっている可哀想な大人でもある。


「クールな花塚くんこそ、相変わらず元気が無さ過ぎるんじゃない?」

「俺はいつもこんなです」

「ほんとかね〜、でも、一度くらい君が本気で笑ってるところをお姉さんは見てみたいよ。で、そんなことよりも、今日は何の用事でいらっしゃったのかな?具合悪い?それともサボり?」

「これからテスト週間に入るっていうのに、生徒に対してそんな質問しない方がいいですよ?」

「ちぇっ、見るからに元気そうなのに保健室に来る人なんて、ほぼサボりみたいなものでしょ?」


 これだから、柚子葉先生はずっと独身のままなのだと思っている。

 いつまで経っても結婚できない理由を探しているらしいけど、自分を客観的に見たらよく分かると思う。


「はぁ…俺は湿布をもらいに来たんですよ。琴香、授業中痛そうに腕を押さえてたので」

「いや、私は断ろうとしたんだけど…」

「ほうほう、なるほどね〜。仲良いんだ、二人」

「え、いや、普通です」

「ふーん、そうなんだー。じゃあ、そんな面白くない花塚くんよりも、琴香ちゃんに質問しよっかな。ねぇ、琴香ちゃん、もしかして彼氏?」


 先生のしょーもない質問だった。

 すると、俺の隣にいた琴香から何かが破裂するようなボンッという音が聞こえてきた。何事かと思い、横目で彼女のことを見ると、微かにプルプルと震え、顔は林檎りんごのように真っ赤になっており、目は丸くなっていた。


「な……なっ…!?」

「あの内気な琴香ちゃんが手を繋ぐほどの仲ってことだよねぇ〜?いや〜、お姉さんいっぱい話聞きたいなぁ〜?良いお酒のつまみになりそうでね〜…ぐへへ」


 すると、琴香は俺と繋いだ手をバッと離し、手を後ろへと隠していた。

 突然の出来事だったが、俺はそれどころじゃなかった。


「……もしかして、熱あるのか?」


 急な彼女の変化に、俺は少し焦っていた。この顔の赤さは尋常じゃない。いつもの彼女だったら、こんな赤くなることは滅多にない。


「え?熱は…ないよ?」


 目を丸くする琴香の声が裏返った。


「いや、顔真っ赤だからさ。一回熱測った方が良いんじゃないか?」

「うっ…!?そ、その必要はない」


 そう言う彼女だったが、どこかそっぽを向いて、まるで逃げるように一歩二歩と少しずつ後退りしていた。


「ダメだよ琴香ちゃん。彼氏くんが心配してるのに」


 先生の一言で、琴香の動きがピタッと止まった。


「先生、俺、彼氏じゃないですよ?」

「え、あれ?そうなの?なーんだ、彼氏じゃないのかぁ〜、ちょっと面白くなってきたと思ったのに〜」


 相当がっかりした様子の先生を見て、俺は余計がっかりした。


「ま、いいか。少なくとも、いつも元気がない琴香ちゃんが、お姉さんよりも随分と幸せそうな青い春を送ってるってことは分かって、ちょっと安心したよ。いやー、それにしても、花塚くんは優しいのねぇ〜。ぐへへ…」

「俺は優しいわけじゃないです。ただ琴香が傷ついてるのが、見てられないだけです」


 俺がそう言うと、先生はいつものにやけ顔へと変わり、口を押さえて笑みを浮かべていた。


「ふーん、可愛いとこあるじゃん?なら、そんな正義感が強くてカッコいい花塚くんに〜、琴香ちゃんの看病を任せちゃおうかな〜」


 先生はそう言うと、机の上にあった書類をまとめ、保健室のベッドの確認をした後、俺に湿布と体温計を渡してきた。


「お姉さんさー、急な用事があったの思い出しちゃったんだよねー?だからさ、お姉さんの代わりに琴香ちゃんの看病、よろしくね?」

「俺が、ですか?」

「そっ。女の子をそれだけ大事に思ってあげれる花塚くんだからこそ、頼むんだよ」


 珍しくちゃんとした笑顔を見せる先生の顔に驚きながらも、俺は湿布と体温計を受け取り、「分かりました」と頷いた。

 そして、俺の顔を見た先生は、保健室の出ようと扉を開けた瞬間、何か閃いたように動きが止まった。


「あっ!あと一つだけ、お姉さんから言うことがあんだけど……」


 そう言うと、先生は横顔だけこちらに向けていた。


「君たち、まだ"高校生"だからね?」


 ニヤッと笑顔を見せた先生は、手を振りながら「じゃーねー」と気分良さげに保健室を出て行ってしまった。


「……先生、何を言いたかったんだ?」


 俺が先生の言ったことを不思議に思っていると、突然、俺の服をくいっと優しく引っ張る感触がした。


「ねぇねぇ、さっき、なんであんなこと言ったの?」


 俺の服を引っ張ってきた正体は、いつもの無表情の琴香だった。だが、よく見ると、いつもの無表情なのは変わらないが、俺を見上げるその目はどこか不思議そうな目をしていた。


「あんなこと?俺は、ほんとのこと言っただけだ」

「うぇ…!?で、でも、私、不幸だからさ、私に近づかない方がいいよ?周りの人もそう言ってたの聞いたことあるでしょ?だから、花塚に迷惑をかける前に……」


 琴香と知り合う前から、俺はある噂を耳にしていた。それは、「アイツの周りにいると悪魔が見えるようになる」とか「目を合わせると事故に遭う」とか、何かと悪い噂だった。


「じゃあ、その怪我は全部、不幸でできたのか?」

「まぁ、そうだけど」


 さっきよりかは彼女の顔色はマシになったけど、まだ油断はできない。


「とりあえず、先生に言われた通り俺が看病するよ」

「え、いや、そんな必要……」

「勝手かもしれないけど、俺がしたいんだ。君が苦しむ顔なんかせずに、笑ってくれるまで」


 俺は一度も彼女がちゃんと笑った姿を見たことがない。だからこそ、俺は彼女を救いたい。救うことができたら、きっと可愛い笑顔を見せてくれるはず。

 すると、彼女の顔がだんだんと赤くなり始めた。


「まさか、また熱が…!?」

「ち、違うよ。その、そんなこと言われたの初めてで、めっちゃ…ちょっと嬉しくて……」


 彼女の喋る口がどんどん小さくなっていく彼女を見ていると、俺の中で何かが込み上げてきた。そして、その何かが俺の喉まで上がってきた途端、我慢する間もなく溢れた。


「可愛いな」

「え?」

「あ、いや、つい」


 俺のぽろっと溢れてしまった言葉に、彼女は少し驚いていた。


「そんなこと言われると、期待しちゃうよ」

「なんか言った?」

「……なんでもない」


 何事もなかったかのような顔をする彼女だったが、俺は見逃さなかった。

 彼女が顔が一瞬だけ、微笑むのを。

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ずっと傷だらけのクラスメイトを救おうとしたら、ただ可愛かった話。 ふてぶてしい猫 @futbut_sineko

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