6
「あああああっ!」
折檻された女の叫びが響く。
「うるさいなあ。こんなとこでやってんの?」
アドルファスがぼやきながら食堂に入ってくる。
「使用人をそろえようと思ったらここか広間しかないでしょう」
「ふーん。それで、犯人が分かって折檻してたんだ?」
「ええ。語るに落ちてよ」
自室から髪飾りが紛失。犯人が誰かを突き止めるために使用人を集めた。あたりはつけていたので、さっさと容疑者を尋問。下手な言い逃れから、自白を引き出せて今はお仕置きの時間だ。
「アド様! お助け下さい!」
「ええ~~なれなれしいなあ、君」
手を鞭うたれた女がアドルファスに助けを求める。
「私のことを覚えておられませんか⁉ メグですわ!」
「ああ~~。殿下の周りちょろちょろしてた子か! あれ。うちで雇ってあげたんだ」
「ええ。この子のご実家が没落したから拾い上げたんですのよ」
「あなたが! あなたが仕組んだんでしょう!」
女が私を不躾に指差す。思わず苦笑が漏れた。
「拾われた癖にこんな物言いするんだ。姉上も憎まれてお気の毒だね」
「知らないってことはそれだけ不幸だということよ」
「何の話よ!」
殿下に取り入った下位貴族の娘は今では実家が没落して我が家のメイドになっていた。実家が何か謀略に絡んでいるのかと調べたが何もなく。だが、謀略とは別に脱税やら横領やらやらかしていたので、それらを処理したら爵位領地は没収となったのだ。
そして路頭に迷うところだった娘を我が家で雇い入れたわけなのだが、髪飾りを盗むという手癖の悪さを見せたので、折檻されているのである。
「あなた! この髪飾りは私から奪った物でしょう!」
「奪いませんよ。こんな安っぽくて趣味の悪いもの」
「盗んだのって、これ? もっと良いものあったのに、わざわざこれを盗んだの?」
「この髪飾りは! 殿下が私にと贈ってくださったもの!」
「ええ~~どういうこと?」
ため息が出る。首をかしげて答えを求めてくる弟に説明をしてやる。
「商売女は複数の男から同じものをわざわざ贈ってもらって、一つだけを手元に残して残りは売るということをするでしょう。あれと似たようなものですわ。どの女に何を贈ったかわからなくなることを防ぐ意味合いで、どの女にも同じものを贈ったということでしょう」
「なにそれ! 愛がないねえ!」
アハハハ! とアドルファスは笑い飛ばす。女は愕然と目を見開いていた。
「私がこんな安っぽいものを身に着けるわけはないし、彼女と同じ夜会に出ることもまずない。何を贈ってもいいと思ってたからこんなことをしたんでしょうねえ。私に対してはともかく、愛をささやいた相手に対しては思いやりがないとしか言えませんわね」
あの男が好きなのは自分自身。女はただ自分を気持ちよくしてくれるアクセサリーでしかないのだろう。
女をちやほやかわいがるのも、自分が優越感を抱くための手段なのだ。
「あ、続けていいよ」
弟は折檻の手が止まっているのを続けるようにと促した。会話の邪魔になると折檻が止まっていたのが、再開される。
「ぎゃあああ!」
手加減されたむち打ちだ。まだ手の皮膚も裂けていない。だが、折檻に慣れていないのか、やたら声がうるさかった。このくらいのむち打ちなら、家庭教師から食らっていそうなものだが。
「声が美しくないなあ~~。君、もっと鼻に抜けるような声のかわいさでちやほやされてなかった?」
弟が注文を付けるが、女は耐えるのに必死で弟の言葉を無視している。
「絹を裂いたような声ってどういうのかな? 君、美しく叫んでみてよ」
弟がさらに無茶な注文を付けている。弟の無残な物言いに、女は目に涙をにじませた。
「絹を裂いたようなっていうのはきゃーとかいう甲高い叫び声でしょう。それは、恐怖に驚きを足した時に出る声でしょ。こんな折檻の場で出るものではないわ」
「姉上さっすがあー」
弟が目を輝かせる。集合させていた使用人を解散させた。折檻している人間とされている人間だけがそこに残る。
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