5
家に帰ったからには、学園を休み続けることも難しい。面倒に思いつつ、再び登校するのだった。
じろじろと人の視線を感じる。だが、無視だ。
「少し、お窶れになったか? 顔色は悪くはないな」
などと気遣うものもあるが、大抵は
「どうしてまた学園に通われるのかしら」
「また彼女に絡まれてお休みになられるのでは?」
「まあ……そうなったら、お言葉は悪いですけど『みじめ』ですわね」
と嘲笑混じりのものであった。
「リヒャルダ様ぁ~~~!」
うるっせえ女だぜ。キャンキャンと甲高い声でこちらを呼びながら駆けよってくる。その走り方はかわいらしさを演出しているのか。正直、走るという行為自体が貴族令嬢としてはアウトなんだが。
「お体は大丈夫なんですかぁ⁉」
気遣われる謂れもないが、あいさつもないのもどうかと思う。
「私っ私、本当に心配してたんです! だって、私があの日お声をおかけしてから間を置かないでお休みになったじゃないですかあぁ!」
うっせえ。そんな声張らなくていいだろ。
「でも、あの、リヒャルダ様が学園をお留守にしてる間、私、殿下のお世話がんばりましたから!」
でっかい声で謎宣言を食らった後、方々から失笑が聞こえてきた。おうおう、好きに笑っとけ。
「……あの、リヒャルダ様?」
なんかもう、答えるのも面倒くさい。このまま、無視して放って置こうと思った。
「リヒャルダ!」
「殿下あ!」
放っとこうと思ったのに、あの男が声をかけてきた。それに嬉しそうに答える女。お前いつからリヒャルダになったの?
「リヒャルダ、体は大丈夫か?」
「え、殿下?」
男が横の女を無視して私に声をかけるので、女は戸惑っている。
「……ずっと立っていると疲れますわ。早く腰を掛けたいです」
「そうか。なら、さっさと教室に行こう」
男が人の腰に手を回して連れて行こうとする。正直、触られたくないのだが、この場から去りたいのでやりたいようにさせておく。
「殿下? あの、私」
「リヒャルダ、運ぼうか?」
「ご無理はなさらず」
お姫様抱っこをジェスチャーで提案されたが、却下した。この男と私の背丈はほぼ同じ。小柄な女子なら楽に抱えられるだろうが、このサイズの女を運ぶのはきっと苦労するだろう。
「リヒャルダは慎ましいな」
「……」
「殿下⁉ 何をおっしゃってるんです⁉」
本当に何を言ってるんだろうか。
「リヒャルダ様、お帰りをお待ちしてました」
ウソをつけ。教室の席に着いたらもう一人の厄介女が挨拶をしてきた。
さっさと言うべきことは言ってしまおう。
「あなた。もう派閥など見る影もないのだから気を遣わなくて結構よ」
そういうと、女の口元がニヤッと動きかけた。寸出で止めたつもりらしいがはっきりと見えた。
「まあ、派閥など……私はリヒャルダ様を慕っておりますのに」
「嘘はいらなくってよ」
にっこりと笑って言えば、相手は虚を突かれたのか口を引きつらせる。
「リヒャルダ様はお休みの間に猜疑心をお育てになったご様子……」
「まあ。お前、私の頭がおかしくなったと言いたいの? 何様のつもり? 私を病院送りにしてこの世から消したいの? それができるとでも? いつからそんな権力者になったの?」
「何を……おっしゃっているのか……」
「それがお前の狙いでしょう? 悪評を流布して次代の権力者の要を腐らせる、そしてその背後に回って操る……わかりやすいし、よくある手段よね。でもね」
立ち上がり、女の耳元で言ってやる。
「詰めが甘くってよ」
そのまま教室を立ち去る。まじめに授業を受ける気は最初からなかった。病み上がり設定を活かして存分にだらけるつもりだ。
学園でのあからさまなひそひそはある日ぱったりと立ち消えた。社交シーズンが本格化し、大人の貴族が主催する夜会に学園の生徒たちも参加しだした。そこで、学園の噂を持ち出そうとした生徒たちは大人たちにコテンパンにやり込められたのだ。
学園という狭い空間でしか通用しなかった噂が、外の世界では全く逆の意味で広まっているとわからされたことで彼らは恥と本物の権力の恐ろしさを知った。
嘲笑っていた女が、どういう立場の女だったのかを改めて思い知ったのだった。
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