3

 浜辺で籐の長椅子にだらりともたれる。日差しを遮る大きなパラソルが横に立っている。当初は侍女や従者が手で傘を持っていたが、横で労働されているとゆったりとくつろげない。この方法にしてもらって、なんの気兼ねもなく長時間ゆっくりと過ごせる。



「リヒャルダ!」

「あら殿下」

 浜の向こう、建物の方から大きな声で呼ばれて、思わず振り向いて声の主を確かめてしまった。ずかずかと大股で近づいてくる。顔が怒りでか赤く染まっている。眉、まなじりがつり上がっている。


 相手が近づいてくるのを、姿勢を正すでもなくぼやーっと眺めて待っていた。

「リヒャルダ!」

「はい。聞こえておりますわ」

 側に来てまで大声で呼ばうので、はいはいわかったと感情に乗せて応えてしまった。


「リヒャ……」

 急に大声を止めたので、どうしたのかと見返す。


「そなた……化粧が濃いのかと思っていたが、元の顔立ちがはっきりしていたのだな」

 しみじみと言われる。

「はあ……まあ、療養中ですから、化粧はしていませんわ」

「髪も……」

「ええ、あんなにぎちぎちに巻いていては休まるものも休まりませんから」

「そうか……」

 気づきを得たせいか、怒りのエネルギーは少し和らいだらしい。


「その、なんだ……そんな素足を見せて、はしたない……」

 ちらちらと人の足を見てくる。その目元が染まっていて、なんだこいつと思わされる。

「素足と言っても、足元だけでしょう? こんなに長いスカートですのに」

 籐の椅子に寝そべるようにサンダルを脱いでいただけだ。その足をまじまじと見られているのをつま先から甲にかけて感じる。

「そのスカートも、生地が薄いのか足の形がよくわかるではないか」

 真面目に聞いていると、なんだか気分が悪くなってくる。

「殿下、何かご用事があったのではないですか」

 話を変えることにした。自ら進んで怒られるのは本意ではないが、じろじろ見られるのは気持ち悪いので仕方がない。



「そうだ! そなた、この地でおかしな噂を広めているだろう!」

「おかしな噂? それはどんな噂です?」

「そなたがいじめをしてきたとメリアと私が嘘の噂を流したせいでそなたが心を病んで学園を休んで療養していると」

「あら、大体あってるじゃないですか!」

 アハハハハ! と声を上げて高らかに笑った。心からの笑いだった。


「そなたを病ませておいて、我々はのうのうと学園生活を送っていると……これが狙いか⁉ 我々を貶めたかったのか!」

「あら。私はあなた達の名を一度も出していませんわ。そして、私がこんな目に遭ったなどということも言ったことはございません。どこに住んでいるかも知らない誰かの話を世間話としてお話ししただけでしてよ」

 にっこり笑って言った後、殿下の目を見た。じっと見つめた後、にいっと口元だけで笑う。

「全部あなたが蒔いた種でしてよ。ご自分で始末をお付けなさいな」



「私がしたのは、ただの世間話。その世間話が私の手を離れてそんな形で広まったのは、あなたの行動が答え合わせになってしまったからでしょう。あなたがもっと気を付けていれば、こんなことにはなってませんよ」

 そう言えば、悔しげにギリッと歯を食いしばっている。

「誰が噂を流したか証拠は取りましたか? 裏を取って噂が広がらないように操作はしましたか? やれることは幾らでもあるでしょう」

 それができていれば、こうやってお前のせいだと怒鳴り込んでくることもないだろう。


「あなた、女の管理がまったくできていないのですわ。わざわざ私の前に出てきたり、周囲の人間に殿下の女だと周知したり、そんな自己顕示欲の強い女を選んだこと自体が間違いでしてよ。もっと日陰の身を受け入れる女であればこうはなっていないでしょう」

 プロ彼女という言葉を思い出す。前世で聞いたことがある言葉だ。ステータスのある男性と付き合えるだけのスペックを持ちながら、SNSでの匂わせなど一切せず、なんならSNS を持たず、隠れて支えることを良しとする存在だ。

「そんな女の管理をどうして私が引き受けねばならないのです。私、ご相談いただければ、殿下の望むとおりに計らいましたのに」

「……なんだ、望む通りって」

「別の女と添い遂げたいと仰るのならば、婚約を破断にしましょう」

「! そ、そこまでは……」

「もしくは、私お飾りの妻にでもなりますわ。表向きは私が妻としてふるまい、殿下は望む相手と愛を育まれればよいのです」

「何を言って」

「白い結婚でも構わなくってよ。御子が欲しければ、殿下の好いた女に子を産ませましょう」

「そん、そんなことまで」


「ですが。そんな協力も殿下の対応が一番大事だったのです。最もないがしろにした女に、最も面倒なことを押し付けるなんて、上手くいくわけないじゃないですか」

 ぐっと押し黙った相手に、言いたいことを言ってしまう。


「私があなたが懸想した女に怒っていると思いました? 私が怒っているのは、あなたですわ。無節操に女に手を出して、女の未来をつぶして回って。女達に寵を与えて恩恵があるかのようにだまくらかして。いいことをした気になって、さぞやご満悦だったことでしょう。関わった女達はみんな不幸になりますわ」

「不幸になど」

「なりますわ。殿下の寵は永劫に保証されますか? 他の女に目移りしないと本当に誓えます? 寵を得ている間も、他の女からの妬み嫉みからの攻撃はあり得ますし、派閥争いを有利にしたい貴族達の工作にも巻き込まれることでしょう。寵を失った後は、見るも無残なことになるのは考えなくてもお分かりですね」

 道理にあってようがなかろうが、どんな無茶な論理でも気概があれば言い返せるものだろう。だが、目の前のこの男はそれもなくただ悔しそうにしているだけであった。打たれ弱い。

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