第28話 風呂
「婚約者なんだから……。別に裸を見たって、なんてことないよな」
ぶつぶつと呟きながら、アザミは湯船に浸かっていた。前の世界にも湯船はあったが、こんなふうに入浴中にも湯が注がれ続けている湯船は初めてだった。
金属製の動物の口から常に湯が注がれており、それによって湯が汚れることや冷めることを防いでいるらしい。贅沢だ。
「アザミさん、入りますよ」
シズの声が聞こえてきて、アザミは思わず背筋を伸ばす。
「は……はい。どうぞ、ご自由に!!」
アザミの緊張を見抜いたシズは、湯船のなかでは必要以上に近づこうとはしなかった。湯に浸かる彼らの間には、大人一人が悠々と座れるぐらいの空間が空いている。
「お風呂があったのは良かったですね。しかも、湯をかけ流しにしているということは、水にも不自由してはいなさそうですし」
ふぅ、とシズは息を吐く。
「えっと……。あのさ、この家に俺はいていいのか?自然に案内とかされていたけど」
シズとアザミは婚約者ではあるが、一緒に住まう必要はない。
「こちらの人々は私たちの関係を知っているようですし、なれないところで一人でいるよりは良いのではないですか?」
心配ならば遊雅さんに聞きましょうか、とシズは言う。彼女は、アザミの祖の妹らしい。物事を聞くには最適だろう。
「それにしても、だいぶ慣れたようですね」
シズの言葉に、アザミは首をかしげる。
しばらくして、自分がシズに近づいていることに気がついた。手を伸ばせば、届いてしまいそうな距離だ。
「あ……えっと、これは」
シズは手を伸ばして、アザミを抱きしめた。お湯ですでに温まったはずの身体が、さらに熱くなるのを感じる。
「大丈夫です。何もしませんよ。あなたに落ち着いて欲しくて、抱きしめただけです」
シズとしては、家族と離れてしまったアザミの緊張感を解きほぐしたかっただけだ。他意はない。
「だって、今の俺たちは婚約者同士なんだぞ。すっごくドキドキする」
シズは、驚いた。
アザミは、てっきりシズの様々なものに譲歩して自分を選んだと思っていた。しかし、アザミの気持ちは純粋なものだ。
「えっと……。もしかして、私のことが好きなんですか?」
シズの言葉に、アザミは「こいつは何を言っているんだ」という顔をした。
「好きじゃないと婚約なんてしないだろ。まさか、俺が打算か何かで、シズを選んだと思っていたのかよ!」
アザミの顔は引きつっていた。
シズが過去にアザミを抱こうとした雰囲気を出したのは、好きでもない人間にどこまで許せるのかと覚悟を見るためだったのだろう。好き云々が、そこに付随しているとはシズは考えていなかったのだ。
「俺は……。俺は出会ったときから、お前が大好きだったんだぞ!」
そんなふうに叫んだアザミは、シズに唇に吸い付いた。それは子供のような疑似ではなくて、シズのやり方を模倣した大人の口付けだ。
「……覚えが早いんですね」
まだ余裕があるシズの言葉は、アザミに火を付ける。シズの足の間に入り込み、じっくりとシズの口内を貪った。
「人の好意を信じろよ。少なくとも俺のは、本物だ」
二人は何度も口付けを交わした。
そのなかで、シズは自分の悪しき部分を反省した。いつしか人間関係には打算がつきものだと考えるようになってしまっていたのだ。
だから、アザミの真心というモノにも気がつけなかった。自分だけがアザミのことが好きで、アザミの好きには打算があると思っていた。
「アザミさん……。私は、あなたのことを見くびっていた。自分だけが貴方が好きで、貴方は私しか選ぶことが出来ない状況下だと思っていた……」
シズは尊いものを見るように、アザミを見つめていた。
「どうしよう。貴方の心と体が未成熟なのは分かっているのに、この瞬間に貴方を抱きたくて仕方がない」
初めて聞いたシズの野性的な言葉に、アザミは戸惑いを隠せなかった。けれども、この瞬間を逃せば、シズは今まで以上に己の欲求を隠すだろう。
「抱け」
アザミは、言った。
「お前が満足するまで、俺が壊れるまで抱け!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます