第27話 ツヅミの処遇


 シズたちの後ろにいたツヅミが、声を突然あげた。まるでいないように扱われていたツヅミは、かなりイライラしている。


 使用人たちは、集まってヒソヒソと相談をしはじ

 めている。思うに、ツヅミをどのように扱うべきか困っていたようだ。


「あなたは、魔力がありませんよね。しかも、この屋敷の主だった末裔でもない」


 老いた使用人が、きっぱりとツヅミに告げた。ツヅミの居場所は屋敷にはない。そして、使用人たちはツヅミを客人として扱うこともしたくはないらしい。


「あなたなど、この屋敷では下働きで十分です。後で、仕事を教えます」


 冷たい使用人の物言いに、ツヅミの堪忍袋の尾が切れてしまった。


「シズは、魔法使いの末裔だぞ。人間じゃないんだから、主人のようの扱われるのは可笑しいじゃないか!お前らも魔法使いなんだろ。口の聞き方に気をつけろ!!」


 ツヅミは、得意げな顔をしていた。

 

 今までツヅミがいた世界ならば、その話も通じるだろう。だが、この世界では通じることはない。


 ここの世界は、魔法使えることが重要なのだ。異質なのは魔法が使えないツヅミの方だと言うのに、それを彼は理解していない。


「口の聞き方に気をつけろだなんて、魔力なしはやっぱり野蛮だわ」


 使用人の一人が、ツヅミに対して嫌悪感を露わにする。疎外されることに慣れていないツヅミの怒りは、あっという間に沸点に達する。


「この野郎!」


 ツヅミが手を振り上げて、使用人を打とうする。それを止めたのは、シズであった。


「思い上がるのもいい加減にしなさい!」


 シズは、ツヅミを怒鳴りつけた。


 振り上げられたツヅミの拳は、シズが捕まえている。滅多に声を上げないシズの大声に、アザミも驚いていた。いつも温厚なシズに、こんな一面があったなんて知らなかったのだ。 


「ツヅミは、この世界に慣れていないんです。今は、見逃してください」


 主に頭を下げられたら、使用人は引くしかない。だが、ツヅミは納得していなかった。


「くそ。シズの家で下働きなんてごめんだ。別のところで雇ってもらうから、しばらくの生活費をくれよ。俺の財産は、全部がお前の物になったんだろ」


 ツヅミは、手を出して金を無心する。


 その手をはたき落としたのは、アザミだった。


「シズの財産は、シズのものだ!お前には、絶対に渡さない」


 ツヅミとアザミは、因縁の敵同士のように睨み合う。このままでは埒が明かないと判断したシズは、ツヅミに提案を持ちかけた。


「ツヅミ……。この世界では、前の世界と違って魔法を使えない人間が少数派なんです。それが分かるまでは、私の屋敷にいてください。働いた分だけ給料は払いますので、それを元手したら色々と出来るでしょう」


 このまま追い出して干からびさせるのは、シズの良心が痛む。この世界に慣れるまで働いてもらえれば、ツヅミも心を入れ替えるだろう。


「ならば、決まりだね。あなたには、存分に働いてもらうから」


 ツヅミは、一番恰幅の良い女性の使用人に連れて行かれた。これから、労働のイロハを叩き込まれるのだろう。可愛そうだが、これがツヅミが選んだ世界の日常だ。


「なぁ。作った洋装とかって、他所で売れないかな?洋装は動きやすいから、良い商売になると思うんだけど……」


 アザミのアイデアは、なかなか面白かった。忙しくし働く使用人は、着物では動きにくそうだ。動きやすさを大々的にアピールすれば、洋装を気に入る人間は多いだろう。


「……そうですね。まずは、この屋敷の人着てもらって、それから商品としましょう。この世界の人々は洋装には慣れていないので、抵抗感があるかもしれませんし」


 アザミのアイディアに、シズは舌を巻いた。戦うことしかしてこなかったシズは、どうやって金を稼いでいくかが抜けていたのだ。


 アザミの方が、この世界に適応している。


 アザミには、商売人の才能があるのかも知れない。それとも、シズの頭が硬いのか。


「シズ様にアザミ様。よかったら、お風呂はいかがですか?疲れが飛びますし、お風呂上がりにはお食事も用意できますよ」


 使用人の言葉に、礎は頬を膨らませた。


 もっと屋敷を案内したらしいが、時刻は夕方だ。シズたちも初めての体験で疲れていないとは言いえないので、使用人の言葉に甘えることにした。


「湯殿はこちらです」


 使用人に案内されて、シズとアザミは風呂に向かう。個人の邸宅に風呂があるのは元の世界では最上の贅沢であったが、こちらの世界では風呂はあって当たり前の設備らしい。


「こちらの風呂には、疲れが取れる薬湯を使っております。効果が薄まる前に、お二人で御入浴ください」

 

 使用人が出ていくとシズとアザミは服を着たままで、湯殿を見てみた。大きめの浴槽は檜で作られており、風呂には良い香りが漂っている。


 檜の香りだけではなくて甘い香りも少し混ざっているが、これが薬湯の香りなのだろうかとシズは考える。甘い香りは檜と似ているようで違う香りだ。


「では、私は後から入りますので……」


 そう言って、シズは出ていこうとする。けれども、アザミはシズを呼び止めた。


「一緒に入らないか?その……慣れるのも必要だろうし」


 アザミの頬は、赤くなっていた。。


 前は抵抗があったが、今は風呂に入るという健全な目的がある。前よりもアザミの抵抗感は薄くなっていた。


「えっと……。良いんですか?」


 シズの言葉に、アザミは首を縦に振る。


 それを信じて、シズは上着を脱いだ。


 魔法使い末裔としてモンスターと戦うために、シズは身体を鍛えている。しかし、体質的に筋肉は付きにくいこともあって、ひょろりとした印象はぬぐえない。


 アザミの方が、均整の取れた綺麗な身体をしているくらいだ。


「あっ、もしかして傷跡とか気にするタイプですか?」


 自分の身体を凝視していたアザミに対して、シズは尋ねた。シズの身体は、よく見れば大小様々な傷がある。すべて塞がっている古傷だが、痛々しい事この上ない。


「そんなの俺にだってあるって」


 アザミが服を脱げば、シズには及ばないが傷跡があった。モンスターと戦う魔法使いの末裔には、怪我が付き物である。


 アザミは、あっと呟いた。


 怪我を確認させるために、恥ずかしげもなく上着を脱いでしまった。そのせいで、今になって恥ずかしくなってしまったのだ。


 しかし、今更になって意識するのも変な気がした。勇気を出して、ズボンに手をかける。色気も何もなく潔くズボン脱いで、アザミは大股で浴室に向かった。



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