第26話 魔法使いの屋敷



 シズが目を開けた時、目の前には屋敷があった。平屋の屋敷には木戸こそあるが窓ガラスはなく、えらく風通しが良さそうな作りをしていた。


「これは……随分と広い」


 名家であったアザミの家よりも広い。もっとも、あちらは二階建てなので全体の部屋数などは同じかもしれないが。


 遊雅は、とりあえず人を集められる場所に案内してくれたのだろう。屋敷は庭園も広く、異世界にやってきた末裔たちが集められるほどの余裕があった。


 そんなことをシズが考えていれば、屋敷から男女をとわず似たような格好をした者たちがぞろぞろと出てきた。遊雅たちよりも数段は下の材質の着物をきているので、この屋敷の使用人たちであろうか。


「お待ちしておりました。ご主人様」


 彼らは、魔法使いの末裔たちに頭をさげる。これには、シズも驚いてしまった。


「シズとアザミには、祖となった礎の父の別邸を使ってもらう予定じゃ。住む人間もいないから、それぞれの家の長には勝手に使ってよいと言われている」


 シズは、礎の方を見た。


 こんな立派な家は、不倫のような産まれかたをした自分には不相応だとシズは思ったのだ。


「俺たちは、本家の方で暮らしているから問題はないぞ。むしろ、空き部屋を管理してもらえるから嬉しいぐらいだ」


 礎は、シズの想像よりもぼっちゃんだったようだ。屋敷一つを与えることに何の思い入れもない。


「もうちょっと小さい家を想像してたんだけど……」


 アザミも予想よりも立派な屋敷に、少し戸惑いぎみだ。


 異世界で貴族のような屋敷が待っていたら、誰だって戸惑うしかないであろう。かくゆうシズも戸惑っている。


「遊雅様から、お二人の関係は聞いております。許嫁同士だとか。お部屋は一つでよろしいでしょうか?」


 年老いた使用人の言葉に、アザミとシズは慌てて首を横に振った。二人には、同衾などは早すぎる。


「からかうのは止めて欲しい。二人は婚約したてなんだからな。外野が煩いとくっつくものもくっつかなくなる」


 礎は、唇を尖らせる。アザミの兄を自称している礎は、若者をからかうなと老いた使用人に言いたげだ。これには、シズとアザミも助かった。


「分かっているのですが、ついつい。この屋敷に主人が戻るのは久々のことですから」


 老いた使用人は楽しそうだったので、シズたちが歓迎されていないわけではないらしい。


 シズが周囲を確認すれば、自分たち以外の末裔たちは散っていた。もっと正確に言うのならば、それぞれの家の使用人に連れて行かれてしまったのである。


 彼らも新しい主人を首を長くし待っていたのであろうか。遊雅の姿もなく、他の末裔の世話を焼いているのかもしれない。


「心配しなくとも、あっちの次元に行っていた奴らは、ほとんどが貴族階級だ。遺産やら残された屋敷やらで、それなりの待遇で暮らせるはずだ」


 それを礎から聞いたシズは、ホッとした。家が用意されているのならば、仲間たちも心穏やかに暮らせるだろう。


「それより、屋敷の中を案内してやるよ。着物とかも用意しておいたけど、しばらくは手持ちの服を着るだろ」


 私服を大量に持ち込んだことは、しっかり礎にバレていたらしい。


 礎は楽しそうに、屋敷の内部を案内してくれた。それにしても不思議な家である。


 部屋同士の仕切りはふすまというドアで仕切られているが、結婚式などのときはふすまを外して大きな部屋にするらしい。意外と合理主義的な家だ。


「さて、ここがシズの部屋だな」


 案内されたのは、広々とした部屋だった。


 この世界の人々は、草で編んだ不思議なカーペットの上に座って生活するようだ。


 その為に、机などはとても小さく作られている。イスを使わずに、机に向かえるようにするためだ。ミニチュアのようで、とても可愛らしかった。


「アザミ様の部屋は、お隣です。ふすまを開ければ、すぐにシズさまのお部屋に繋がっていますから」


 使用人に説明されて、アザミは衝撃的事実に真っ赤になってしまった。


「か……鍵とかないのかよ」


 ふすまがあるとはいえ、部屋続きなのはアザミの精神に悪そうだ。しかし、屋敷には鍵付きの部屋などもはないらしい。プライベートを守るのは少し大変かもしれない。


「アザミさん。緊張せずとも私は部屋には参りませんから、ご心配なく」


 使用人はシズの言葉を聞いて、あからさまにガッカリしていた。遊雅からどのように話を聞いているかは不明だが、二人の関係の進展は亀の歩みほどに遅い。


 部屋を案内してもらっている最中に、礎から衣類や履物の説明をついでに受ける。着物は着ぶくれするほど着るのが普通で、外に行くときには下駄や草履を使うらしい。


「私たちは、しばらくは洋装で過ごさせてもらいます。重い衣装で身動きがとれないのは辛いですから」


 シズが持ち込んだ服を出すと女性の使用人たちは、まじまじと服を観察した。女性はやはり服飾品に興味があるらしい。


「これなら、私たちの手でも作れるかもしれませんね。ご主人様たちの服は動きやすそうですし、私たちの仕事着でも使ってみたいのですが……。無論、ご主人様たちには、是非とも美しい着物を着ていただきたいと思っていますよ」


 使用人の女性たちは、利便性と美的センスの間で揺れているようだ。洋装は動くには便利だが、華やかさには欠ている。一方で、遊雅たちが着ていた着物は豪奢で華やかであった。


「なら、動かなきゃいけないときにはシャツとかを着ればいいだろ。正式な場では、着物で行くとか」


 アザミの若い柔軟な考えに、女性たちの目が輝く。着物というのは、よほど動きにくいらしい。


 シズが持ち込んだ服を見本に借りて、手先が器用な者が大急ぎで使用人たちの仕事着を縫うことになった。


 女性陣たちは、皆がワクワクしているようだった。異世界の服は、屋敷に新しい風を運んできたのかもしれない。


「おい。俺の部屋はどこなんだよ」

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