第17話 選択された人生
シズの名前を呼んだのは、アザミだった。
「異世界に行く選択をしたのは、俺のせいだよな。シズさんのことは好きだけれども……巻き込む気はない」
アザミは、シズが自分のために異世界に行く選択をしたと察していた。見合いの前には読まなかった釣書だったが、シズに想いを寄せてからアザミは改めて目を通してのである。
そこには、シズが天涯孤独であることが書かれていた。この世界に、シズを引き止めるものはすでにないのだ。
だからといって、軽々しく自分の育った世界を捨てるのは違う。アザミは、そのように考えていた。
「私は、あなたのことだけを考えて選択をしたわけではありません。これからの自分の人生で、良いと思われる選択をしたまでなのです」
アザミに言ったことは、嘘ではない。
モンスターがいなくなった世界では、シズに居場所はないであろう。だったら、異世界に行ってしまうのも一つの手だとも思った。
「あっ、ツヅミが……」
自分に寄生していたツヅミの存在を思い出して、シズは一瞬だけ心配になった。異世界でもツヅミに寄生されるのだろうか、という不安がよぎったのだ。
けれども、よく考えてみれば魔法使いの末裔だけが異世界に行けるのだ。ツヅミのことなど考えなくていい。
自由だ。
戸惑ってしまうほどの自由だった。
「シズさん……。お願いがあります」
アザミは、真剣な声色で言った。
いつもとは違って、アザミは緊張しているようだった。声の調子が、いつもとは違う。
それが少し可哀想になって、シズはアザミの手を取る。そして、柔しく両手で包みこんだ。
名家に産まれた者として、アザミにも覚悟があるはずだ。しかし、それによって不安が全て消え去るかというと違う。
異世界にいけば、今後の人生が大きく変わることになるのだ。ツヅミから自由になることにすら戸惑いを覚えているシズの比ではない不安があるはずである。
シズに手を握られながら、アザミは泣きそうな顔をしていた。それが、とても憐れだ。
「俺と結婚してください」
必死に絞りだした言葉で、アザミはシズに告げた。今までの婚約ではなく、結婚という一歩も二歩も先のことをアザミは懇願したのだ。
「俺は……家族のなかで一人だけ異世界に行く。いつも一緒にいてくれたユウダチも一緒にはいけない」
シズは、ようやくアザミの心を理解した。
怖いのだ。
アザミは、まだ子供だ。
親の庇護が必要な時期に、異世界に行くことになれば怖くて当たり前である。
しかも、異世界に行くことはあくまで家の決定だ。この様子では、アザミ本人が決めたとはやはり思えない。
「後ろ盾が欲しいのならば、別の方を望まれた方がよろしいでしょう。私程度の魔法使いは、別次元には大勢いるはずです」
アザミが淋しくて心細いだけというのならば、結婚という形でシズを頼らなくても良いようにしなければならない。それが、大人としての役割だとシズは考えた。
「シズさんが良いんだ。シズさんが魔法を使ったときに、この人しかいないって感じた……。俺はシズさんに後ろ盾になって欲しいとは思ってない。単純に、シズさんを俺のものにしたいんだ」
アザミは、シズの胸元を掴んだ。シズの顔が一気に、アザミに近づく。
駄目だ、と思った。
ここから先は、大人として拒否しなければならない。アザミには、未来があるのだ。沢山の人と出会って成長する未来があるのである。
シズのように、ツヅミに支配されていたような大人は相応しくない。もっと相応しい人がいるはずだ。
なのに、動けない。
アザミは、シズの唇に己のものぶつけた。
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