第16話 自分たちの選択
百年前と同じように現れた異世界の魔法使いたちは、彼らの宣言通りにモンスターをあっという間に滅ぼしてしまった。
ユウダチは、その光景の一部を目撃することになった。雷、炎、水といった様々な属性の魔法を操り、赤子の手をひねるように容易くモンスターを倒していく。その光景は信じられないものだった。
ユウダチは、アザミやシズといった強者の魔法使いの末裔を知っている。けれども、異世界からやってきた一地たちの魔法は二味も一味も違っていた。
一地たちは自分たちを兵隊と言ったが、彼らの魔法はまさに攻撃に特化したものだった。一地たちは荒事の専門家であり、百年前にやってきた魔法使いより戦力は上だと誇っていた。
ユウダチは、百年前にやってきた魔法使いの実力など知らない。だが、その魔法の威力は一地の言葉を裏切らないものであった。
かつてやってきた魔法使いの戦力は、モンスターを殲滅させるにはたりなかった。だからこそ、自分たちの子孫に遺恨を残してしまったもだ。
だが、今回やってきた魔法使いたちは瞬く間にモンスターを殲滅させている。これが、本物の魔法使いの実力だと言葉なく語るような戦果であった。
今回やってきた魔法使いたちの存在は、すでに政府に報告されている。政府側には異世界からやってきた魔法使いたちにコンタクトを取りたがっていたが、それを異世界の魔法使いたちは拒否した。
魔法使いたちは、あくまで末裔に用事あるということだ。末裔と話す場を整えてもらえれば、長居もしないという話だった。
しかし、その情報は今のところは一般には出回っていない。不確かな情報まで出回れば、世間が混乱すると判断されたからだ。その情報のなかには、モンスターが全滅したことも含まれた。
モンスターが全滅させられたことによって、魔法使いの末裔たちは己の存在意義が奪われた。そのことで戸惑いを覚えたて者も多い。そして、突如として現れた魔法使いたち対しても戸惑ってしていた。
その混乱のなかで、アザミの両親はできる限りの魔法使いの末裔たちを自分の館に呼び出した。
アザミの家は魔法使いの決定を濃く保とうとしている名家であり、だからこそ多くの末裔と繋がっている。
恐らくは、他の名家も同じことをやっているだろう。それぐらいに、この話は魔法使いの末裔にとっては重大な話であった。
この話し合いの場には、異世界からやってきた魔法使いである遊雅、礎、一地も話し合いに顔を出していた。彼らの世界がどのようなもので、どのような生活をしているのかと説明するためである。
彼らは自分たちがやってきた異世界に、魔法使いの末裔を招待する言ったのだ。
「妾たちの世界の住人は、ほぼ全員が魔法使いじゃ。そこでは魔法使いというだけで、色眼鏡で見られることもない。もちろん、生活が安定するまでサポートもする予定じゃ。安心して、祖先の地で暮らせるぞい」
遊雅の話によると彼女らの世界は日常生活に魔法が使われる文化が浸透しており、それによって豊かな暮らしをしているらしい。
シズたちにとっては、信じられないことだ。
こちらの世界では、日常生活に魔法を使うことはない。魔法はあくまでモンスターを退治するためのものだった。そして、魔法使いに対しての目も厳しい。
「モンスターが全滅した今となっては、この世界よりも暮らしやすいはずじゃ」
遊雅の言葉の受取る末裔たちの心境は、様々なものがあった。
必要されなくなった今の世界で不安を感じる者。
遊雅の話を疑う者。
今の生活を捨てられない者。
「この件は、己のこれからの人生を決める選択だ。各自が十分に考えて、後悔のない選択をしてほしい」
場の中心人物でもあるアザミの父は、重々しく告げた。移住については、個人の意志を尊重すると言っているのだ。アザミの父は、名家であろうとも個人の決定には口を出さないと約束した。
「私と妻は、こちらの世界に残る。できる限りは、こちらに残る者たちの助けになるつもりだ」
シズは、アザミの父の選択には驚いた。
しかし、よく考えれば今の生活を壊したくはないという末裔も少なからずはいるのだ。彼らの後ろ盾になることが、自分たちの仕事だとアザミの父は考えたのかもしれない。
「私と妻が死んだら、その役割は息子が担うだろう。そして、異世界には弟のアザミを送る」
シズは、アザミの行く末に声を上げそうになった。アザミは末裔としては強い力を持っているが、まだ子供だ。彼のことを考えれば、アザミを残して兄を異次元に行かせるべきであった。
しかし、アザミの両親は兄夫婦に現し世を守る役割を与えた。この世界での魔法使いの末裔に降りかかる困難を考えての判断なのかもしれない。
あるいは、政治的な駆け引きは兄の方が上手いと判断しているのかもしれない。魔法使いの血を濃く名家は、政治の中枢に太いパイプを持っているという話だ。モンスターがいなくなった今となっては、それがより必要になる。
政府とのパイプを使うことが上手いのが兄の方だというのならば、名家の立場的にはアザミの方をを異世界へ送り込むのが正解だと判断されたのであろう。
誰もが異世界に行くことに、不安を持っている。アザミは、その不安を少しでも払拭させるための旗頭だ。
名家が息子のアザミを異世界に送ることで、異世界の生活に少しでも安心感を持たせられたらと彼の父は考えたに違いない。少なくとも異世界の生活を選んだ者たちは、自分たちは捨てられたとは考えないであろう。
アザミは、父の決断に対して不自然なほど静かだ。
アザミたち一家は、それぞれの役割を最初から決めていたのであろう。そして、アザミは家族の決定に従うことを決めたのだ。
ユウダチは、震えるアザミの手を見た。
異世界に行くことに、アザミは怯えている。だが、それを表情には出すまいとしていた。そこには、名家に生まれた者の気概があった。
「アザミが行くなら、俺も行く!」
ユウダチは、焦ったように手を挙げた。しかし、それに対しては遊雅は良い顔をしなかった。
「魔法を使えない者を連れて行くわけにはいかんのじゃ。あちらの世界は、魔法があることが当たり前の社会構造をしている。苦労することが分かっているのに、大切な人間の子孫を連れて行くことは出来ない」
遊雅の言葉に、ユウダチは悔しそうに唇を噛んだ。ユウダチは魔法使いの末裔だが、魔法は使えない。今までは大した問題だとは思わなかったが、この瞬間だけは悔しい。
「ユウダチさん……」
シズには、ユウダチの気持ちがよく分かった。
常日頃から側にいた少年が心配でたまらないのに、自分の至らなさで側にはいられない。それは、とても歯がゆいであろう。
「私が、異世界に行きます」
そのようにシズが言えば、今まで静かだった礎が目を輝かせる。それは、シズの異世界行きを歓迎している顔である。
シズは、礎を無視した。シズは礎のために異世界に行く決心をしたのではない。
アザミのためだった。
シズの親は亡くなっており、モンスターがいなくなれば失業したも当然だ。旅立つことに未練などない。シズのために異世界に行っても後悔はなかった。
ああ、好きなのだ。
自分の人生を変えて後悔がないほどに、自分はアザミのことを好いている。もう、後戻りができないほどに。
「シズさん……あの」
アザミは、戸惑っていた。
シズが異世界行きを志願するとは思わなかった、という顔だ。アザミの父と母も戸惑っている。
「君は、アザミの見合い相手か……。保護者になったつもりになる必要はないぞ」
アザミの父の言葉に、シズは首を横に振った。
「私は親族もいませんし、モンスターがいなくなった今はやるべきこともありません。だから、異世界行きを志望しました。それだけに過ぎません」
シズの意見に思うところがあったらしく、若い末裔たちが次々と異世界行きを決めた。シズと同じように、モンスターがいなくなったことで己の使命を失った者たち。
一方で末裔ではない人間と結婚したり、中年以上の年齢の者たちは異世界に行くことを躊躇していた。
こちらに世界に大切なものが出来すぎた者や今の生活を捨てたくはない者たちは、意外なほどに多かったのだ。
「まぁ、すぐに決められる問題ではあるまい。しばらく、時間を設けるから各自で決めてほしい」
遊雅の一言で、その場は解散となった。末裔たちが帰っていくなかで、子犬のように礎がシズに抱きつく。
「よく決心してくれたな!お前は、俺の父の末裔だ。俺のことを兄と思っていいぞ!!」
礎は、シズの兄を自称して胸を張る。
しかし、シズが予想する限り自分の方が歳上だ。礎は言動が幼いし、身長もシズの方が高い。
否。
それ以上に、シズには気になっている事があった。
「……あなたがたは、随分と私たちに好意的ですね。特に、あなたなど私は父親の浮気相手の子孫だというのに」
礎は、きょとんとした顔をする。
シズがいるということは、こちらにやってきた礎の父は浮気相手と子供を作ったということである。礎の立場から言ったら、シズ自身だって父の浮気相手の子と見られてもしょうがない。
「ああ、そういうふうに思うのか」
ぽん、とシズは手を叩いた。
「こっちの世界で一生を終えることになった身内には、同情的な人が多いんだ。それにシズだって親の時代の話ならばともかく、百年前の人間関係に巻き込まれたくないだろ」
礎が自分を嫌がっていないことは、シズにとっては僥倖だ。
別の次元に行くことを決めた今となっては、知り合いは多い方が良い。
しかも、礎はシズを身内のように思ってくれている。いざという時に、甘える先になってくれる相手は非常にありがたい。
「じゃあ、いつでも頼ってくれよ」
そう言って、鼻歌を歌いながら礎は去っていく。優雅たちと共に別な場所で行われる名家主体の説明会に参加するためである。
「……なんだか、騒がしい弟が出来た気分ですね」
礎は、素直な男だ。それが、どことなくアザミを思い起こさせる。といっても、アザミに対するような気持ちは湧き上がらなかったけれども。
「シズさん!」
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