第14話 百年前の祖
各地で天が割れて魔法使いが出現しているなかで、シズは自ら住んでいるアパートの前で出発の準備をしていた。
目指すは、アザミがいるはずの学校である。
他にも魔法使いが現れた場所はあったが、シズの頭に浮かんだのはアザミの顔だった。
彼のことだから、逃げずに戦うことを選ぶだろう。どんな危険があろうとも学園の人間を守るはずだ。
アザミの顔が最初に頭を浮かんだことに、シズは疑問もなにも思わなかった。それぐらいに、アザミのことを大事に思っているのだ。
アザミに訓練をつけながら感じたのは、誰かを守るために強くなりたいというひたむきさだ。
その想いと努力を見て、シズはアザミのことをさらに好きになっていた。大切になっていた。
「こんなときにツヅミと別行動だなんて……」
大方、昼酒でも飲んで寝ているのだろう。
シズには、ツツジを待っている時間などない。すぐにでも学園に向かおうとして、地面を凍らせようとした瞬間に
「ちょっと待て!」
見たことのない男が、いきなりシズの前に躍り出てきた。
腰に帯を巻きつけた奇異な風体の男だ。
もっとも慌てて魔法の発動を止めたシズは、男の正体よりも人を凍らせなかったことにほっとしていたが。
「なんで飛び出したんですか!もう少しで殺していましたよ!!」
普段は温厚なシズでも、今回ばかりは怒鳴った。それぐらいに、相手が危ないことをしたからだ。
男に魔法が当たっていれば、凍っていたのは地面ではなくて男そのものなのだ。一度冷凍された生物は、氷が解けたからといって生き返ることはないのである。
「そんなことより、お前は魔法使いの末裔だよな!そうだよな!!」
男は嬉しそうに相貌を崩したが、シズは警戒を崩す気すらない。言動も格好も、男はおかしかったからだ。
「よかった。異世界まで来て会えなかったら、俺はどうしたら良いかと……」
不審な男は、そんなことを言った。
「異世界?」
シズの疑問に、不審な男はにかっと笑った。
少年のような笑い方をする男だったので、実年齢は見かけよりも低いのかもしれない。よく見れば身長も低い
「そうそう。この世界にモンスターが逃げ込んだ時に、こっちの世界に魔法使いも来ただろ。俺たちは、そっちの世界から来たの。俺は、礎っていうんだ」
礎の話を聞きながら、シズは眉をひそめる。
礎の話は、百年前の突如としてモンスターと祖先の魔法使いがやってきた話と合致していた。
だが、それだけでは証拠にならない。
異世界からモンスターと魔法使いがやってきた事は、子供でも知っていることだ。
「でもって、俺の父さんがあんたの祖先なんだ。俺たちは、遠い親戚なんだよ」
礎の言葉に、今度こそシズは目を点にした。
頭が理解することを拒否している。
「ちょっと待ってください」
礎の話には、信じられないことばかりだ。
けれども、礎が嘘をついているようには見えない。シズが一番気になったのは、時間の流れの矛盾であった。
「祖たる魔法使いがやってきたのは、百年前も前のことですよ」
目の前の男が、自分の祖の息子であるはずがない。どう考えて年齢が一致しないからだ。男は二十代ほどで、当たり前だが百歳を超えているようには見えない。
「俺達の次元は、時間の流れがこっちより遅いんだよ。こっちの世界では魔法使いが現れたのは百年前のことだけども、俺達の世界では十年も経っていないんだ」
礎は、少しばかり寂しそうに語った。
自分の父とは二度と会えないという事実を礎なりに受け止めているのだろう。
「なぜ、今頃になって現れたのですか?もはや、異世界から現れた魔法使いはいないというのに」
礎は、三本指を立てる。
「一つは、今までは異世界に繋がる魔法が再現できなかったから。こっちに来た魔法使いのなかには、超天才がいたから異世界に繋がる扉を開けることが出来た。でも、俺たちは世界から扉を再び開けることが出来なかった」
シズは、礎の話を整理する。
「つまり、今までは頼りになる天才がいなくなって、異世界に渡る魔法が使えなかったと言うことですか?」
礎は、満面の笑みを浮かべた。
シズの話は、どうやら当たっていたらしい。それにしても、一人の天才がいなくなるだけでえらい混乱ぶりだ。百年前の当時に何かがあったのだろうか。
魔法使いたちの住んでいた世界に、何らかの事件があった。シズは、そう考えた。
「そうそう。下手に異世界同士を繋げたら、またモンスターまで入ってくるかもしれないし」
シズは、頭を抱えた。
突如として、百年前にモンスターが現れた理由が見え始めたからだ。おそらくだが、天才だという魔法使いが肝だ。その天才のせいで次元と次元の繫がりが歪み、この世界にモンスターが現れたのだろう。
「あまり考えたくありませんが、天才魔法使いは犯罪者か人道を知らないマッドサイエンティストだったんじゃないのですか……」
礎の目は泳いでいた。
シズの予想は当たっていたようだ。
もしかしたら、当時は移動できる魔法使いの数も限られていたのかもしれない。だからこそ、百年経ってもモンスターを殲滅させられない数しか魔法使いを送り込めなかったのである。
「ともかく、俺たちは新たに次元と次元を繋げる魔法を開発したんだ」
えっへん、と礎は胸をはった。
次元を繋げる魔法開発については、間違いなく礎は役に立っていないだろう。彼は、そこまで賢そうに見えない。よくも悪くも単純で、人が良さそうだ。
「お前……なんか失礼なことを考えてないか?」
礎は、じろりとシズを見た。
シズは「別に……」と答えつつも内心は、少しぐらいの警戒心はあるらしいと礎に対して失礼なことを考えていた。
「そして、二つ目。この世界にいるモンスターは、俺たちの次元のものより弱体化している。だから、俺達の戦闘に特化した魔法があればすぐに殲滅できるはずなんだ」
モンスターの弱体化は、こちらの世界でも知られていた。おそらくは普通の動物とモンスターの血が混ざったせいだと思われる。
皮肉にも魔法使いの末裔と同じ理由で、モンスターも弱くなっていたのである。
「三つ目は、お前たち魔法使いの末裔だ。モンスターがいなくなれば、この世界では居場所をなくす。そんなお前たちに、本来の住処を見せる為にやってきたんだ」
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