第13話 天が割れる日


 学園の机の上で、アザミはうなだれていた。


 友人のイズミは、アザミを慰める。


 何を落ち込んでいるのか全く聞いていないが、きっと前に言っていた見合い相手のことなのだろうとイズミは当たりをつけていた。女の勘と言う奴だ。


「アザミは素敵な子だから、他に良い出会いがあるわよ」


 よしよし、とイズミはアザミの頭をなでてやる。


「シズさんとの仲が進展しない……」


 うめき声の内容からして、恋愛関係の悩みには間違いない。この間もお見合いで知り合った人間について愚痴をこぼしていた。


 アザミの見合い相手は歳上ばかりだ。


 子供のイズミには解決できないし、相談相手としては役不足だと自覚もしている。


 それでも、友人として話ぐらいは聞いていた。恋の悩みというのは、解決方法がなくとも相手に話すだけですっきりすることもある。


「シズさんは、すごく綺麗な人なんだ。もたもたしていたら、誰かに取られる」


 そこまでの美形ともなれば、イズミはちょっとばかり見てみたいような気がした。イズミだって年頃の女の子だ。美形の人間には興味がある。


「そんなに美形ってことはさぁ。やっぱり、セックスとか慣れているのかな」


 イズミは、深くは考えずに口に出していた。


 アザミが「へぁ!」と変な声で悲鳴を上げる。


「な……なれるほどやるって、何回ぐらい経験しているってことなんだよ」


 恥ずかしがりながらもアザミも興味がないわけではないらしい。自ら話を広げてくる。


「五回とか」


 イズミは適当に言った。


 だが、アザミは真剣に受け取ったらしく「五回か……」と真剣な顔をして繰り返していた。


「ん……イズミ。今、なにか喋った?」


 アザミは顔を上げるが、イズミは首をふる。


 イズミは、なにも言った覚えはない。けれども、校庭の方が騒がしくはなっていた。アザミは、この喧騒をイズミの独り言のように思ったのだろうか。


「別に、何も喋っていないけど……。たぶん、校庭の方よ。何かをやっているかしら」


 イズミとアザミは、そろって窓から校庭を見る。校庭にいたはずの生徒たちは、蜘蛛の子を散らしたように逃げ回っていた。


「なんだ、あれは……!」


「空が、空がわれて……!」


 アザミとイズミは、教室の窓から身を乗り出してまで空を見た。


 まるで空が一枚の絵になって、誰かが破ってしまったかのような光景であった。空が、割れていたのである。


 そこから現れたのは、十人ほどの人間だ。誰もが腰に帯を付けた珍妙な格好をし、ゆっくりと地面におりてくる。


「嘘だろ……。空を飛ぶような魔法は、もう何年も前に失われたはずなのに」


 アザミは、恐れながらも呟いた。


 末裔の魔法は、徐々に弱くなっていっている。そのため、なかには失われてしまった魔法も多い。空を飛ぶ魔法と言うのは、その一つであった。


「イズミ。先生に言って、全校生を避難させろ!俺は、あいつらのところに行ってくる」


 アザミは、校庭へと走った。


 背後でイズミが引き止める声が聞こえたが、アザミはそれを無視する。


 イズミは、アザミの身を案じて避難するように言うだろう。しかし、魔法使いの末裔のアザミにはやるべきことがある。


「何なんだよ……。あいつら」


 言いながらも、アザミには一つの考えが浮かんでいた。


 百年前のも天が割れた——そして、モンスターと魔法使いがやってきたのだ。


「あれは……。俺たちの祖先の仲間なのか?」


 アザミは、首を横に振った。


 今は、考えている暇はない。


 この学園では、魔法使いの末裔はアザミだけだ。もしもの時には、アザミは一人で戦わなければならない。


「大丈夫だ。シズさんとの訓練で、俺も少しは強くなっているんだ」


 アザミは、拳を握りしめる。


「シズさん……」


 これだけ派手な登場である。


 シズたち以外の末裔たちにも連絡がいくであろう。だが、戦力が学園の近くにいるとはかぎらない。


 最悪の場合は、アザミは決死の覚悟で時間稼ぎをしなければならないだろう。


「やってやるぞ……。俺!」


 アザミは自分を鼓舞して、校庭に飛び出した。


 ほとんどの生徒は校舎に避難したせいで、校庭にはアザミしかいなかった。不思議な衣類を着た人々は、それに戸惑っているようにも見えた。


「俺は、魔法使いの末裔のアザミだ!この世界の人間に危害を加えるならば、俺が相手をする!!」


 アザミは声を張り上げて、左手に炎を出現させる。アザミとしては、炎は警告のつもりであった。しかし、空から降りてきた人々はひそひそ何かを話し合う。


 やがて、一人の女性がアザミの前まで歩いてきた。


「その炎は……。間違いなく、私の姉の炎じゃ。そなたは、我の姉の末裔に間違いない」


 重そうだが美しい服を着た女性は、感極まって涙を流した。


「妾の名は、遊雅。妾の姉が、お主の祖じゃ」


 そのように語った遊雅は、両手でアザミを抱きしめた。




 アザミが遊雅に抱きしめられていた頃、各地では天が割れて人が降りてくるという異常な光景が見られていた。


 人々は主にモンスターが多く出現する場所に降り立ち、次々とモンスターを屠っていったのであった。


 その光景と出現時に天が割れたことなども相まって、彼らは百年前に現れた魔法使いと同じものだと証明されたのであった。



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