第12話 魔法の訓練
「燃えろ!」
自分の家の庭で、アザミは魔法を使用した。狙いをさだめて撃っているつもりだが、シズにはまったく当たらない。
ひょいと避けられたり、氷の壁で防いでしまう。シズがあまりに安々に避けるので、アザミはどうしても焦ってしまい狙いはさらに荒くなる。
薔薇が咲き誇る美しい庭園で、アザミは魔法の練習に勤しんでいた。庭のなかを逃げるシズに一発でも当てればアザミの勝ちなのだが、先程からシズに火球に当たらなかった。
それどころか母は大切にしている薔薇を何本も燃やしている。後で確実に怒られるであろう。
「やっぱり、コントロールが悪いですね」
障害物となった大きな木からひょっこり顔を出したシズに向かって、アザミは火球を打つ。しかし、それも当たらない。
「今までは魔力を放出するだけで勝てたのに……」
アザミの言葉に、シズは少し笑う。
決して、アザミの魔力は弱くはない。
むしろ、強いくらいである。だからこそ、魔力を放出を何度も使っても平気だったのだろう。
普通の魔法使いの末裔ならば、魔力切れをおこして倒れてしまっている。
「それは、炎の威力が強かったからですね。フェンス行こう側では、それで通じるかもしれません」
モンスターが多くて、木々が生い茂っているフェンスの外はアザミにとっては優位な戦場なのだ。
本来ならば障害物となる木々は炎に弱いし、多数のモンスターがいれば狙いが荒くとも当たる格率は高い。
「ですが、この間のような障害物が多い場所では通じません」
シズは、見本を見せるように槍を出現させる。
「アイスランス」
軽々と氷を武器にするシズの姿に、アズミは見惚れてしまった。こんなにも優雅に美しく、魔法を使う人間を見たことはなかったのだ。
「こんな感じで、武器を作る練習もしてみましょうか」
シズは笑顔で、氷の槍をアザミに向ける。
槍の尖った先に見たアザミは、氷の塊でも十分な殺傷能力があることを知った。
「ぶ……武器を作るって」
そんなことなんて教わったことはない。アザミが戸惑っていれば、シズは少しばかり考える。
「放出する魔力の量は調節できますか?出来るならば、最初は尖ったものを作るために細いものを思い浮かべてください。針とかがいいかな」
針と言われて、シズは必死にイメージする。だが、掌では小さな種火が燻るだけだ。
「う…難しい」
尖らせるとシズは簡単に言うが、アザミの火には変化はない。
「ちょっとずつやっていきましょう。私も習得には時間がかかったものです」
シズは、アザミを急がせたりはしなかった。その優しさが嬉しくて、同時に自分が情けなくなってしまう。
「いつかシズさんみたいに、立派な魔法使いの末裔になれるかな……」
シズを見ていれば、どれだけ自分が未熟であったのかをアザミは知ることになる。
アザミは、魔法に関しては苦労した記憶がない。そのため、自分には魔法の才能があるのではないかと過信していた。だが、シズにはまるで敵わない。
「立派な末裔などいませんよ」
シズは、さびしそうに呟く。
「いくら末裔同士が夫婦になって子供を作ったとしても、初代の魔法使いには敵いません。私たちは魔法使いとしては、確実に劣化しているんです」
モンスターと共にやってきた魔法使いたちは、この世界においては初代と呼ばれる。
そして、どんな努力を末裔たちがしようとも力は初代に及ばないのだ。
だからこそ、数ある名家は優秀な末裔の確保をしたがる。婚姻を通して強い繋がりを末裔同士で持つ事によって、もしものときの戦力にしたいのだ。
アズミとシズの見合いがなされたのも上記のような理由があった。
「俺の家は、血を濃く保つ努力をしているけど……。出来たのが、俺みたいな出来損ないだし」
アザミは、自虐的なことをいう。
シズのように魔法で武器を作れないことに、彼なりに思うところがあったのだろう。
「出来損ないというより、この世界に適応しようとしているのかのしれませんよ。モンスターも過去のものより弱体化しているという説もあります。私たちの世代では無理でも、いつかは魔法使いやモンスターはいなくなるかもしれませんね」
シズの言葉に、アザミは面食らった。
アザミは、魔法使いがいつかは世界からいらなくなると思っていた。けれども、世界に馴染んでいくように埋没していくのならば、それはそれで素敵なことだと思ったのだ。
「……やっぱり、好きだな」
アザミの言葉に、シズは面食らう。
目を真ん丸にしたシズの顔が予想以上に幼くて、アザミは可笑しくなってくる。
「シズさんの考えが、好きだなって思ったんだ。人を好きになっていく過程って、こんなに面白いことだなんて思わなかった」
素直すぎるアザミの言葉に、シズは何も言えなくなってしまった。
人を好きになっていく過程だなんて、シズは実感したことない。今よりも繊細な若い時分でだって、感じたことのない感覚だった。
「それは……その。ありがとうございます」
シズがおずおずと礼を言えば、アザミがにっかりと笑う。その裏表のない朗らかさがあまりに眩しくて、シズは彼との年齢差を改めて感じた。
自分は彼のような日向の存在にはなれない、とも感じた。
「こら、良い雰囲気をだすな」
そんなふうに二人を叱ったのは、ユウダチだった。シズによる魔法の訓練に参加するため、弾丸の入っていない銃を持っている。
「今回は訓練なんだ。真面目に取り組まないと後で苦労するのは自分なんだからな」
真面目なユウダチは、アザミにとって邪魔であった。だが、ユウダチの言っていることは正しいのだ。
魔法使いの末裔として先輩であるシズのアドバイスは、アザミにとっては非常に役に立つ。アザミ自身が強くなりたいのだ。だから、真面目に取り組むことが正解なのだろう。
「安心してください。私としては、アザミさんをどうにかしようなんて思っていませんよ」
今日は、シズは魔法の教師として招かれたのだ。アザミのことは生徒として扱うつもりだったし、自分の想いには蓋をできる程度には自制も出来るつもりだった。
「……はぁ。アザミの件がなければ、シズさんは良い友達になりそうだったのに」
ユウダチは、思わず呟いた。
今のところアザミの結婚相手としては、シズが一番良いとは分かっている。
しかし、元々がアザミの結婚自体に反対しているユウダチにとって、シズは微妙な立場の人間になってしまったのだ。
「ユウダチさんは、アザミさんのことをよく考えていますからね……。私も本当に申し訳なくなります……」
シズは、ユウダチの立場をよく分かっていた。
申し訳なさそうに体を小さくするシズに、ユウダチは謝りたくなった。何故ならば、シズはまったく悪くないからだ。
「ユウダチ、駄目だぞ。シズさんは、一から十まで俺のものなんだから」
アザミは、ぎゅっとシズを抱きしめようとした。しかし、シズは華麗に避けてしまう。その軽やかなステップに、アザミは嫉妬した。
「そう簡単には捕まりませんよ」
アザミは、シズを抱きしめようとして追いかける。しかし、シズはひらりひらりと躱してしまう。
「おいおい。あいつって、さっきまでアザミの魔法も避け続けていただろ」
シズは、それでも息を切らしていない。尋常ではない体力である。
生まれついての魔力の高さだけではない。それを操る技巧を磨き、体を鍛え続けているのだ。
「……あー、すごい奴だな。アザミは、男をみる目があるよ」
ユウダチは、苦笑いをした。
アザミは今まで何度もお見合いをしてきたが、そのなかでもシズは一番の実力者であり、一番の人格者だ。
「時間も時間ですし、今日は終わりにしましょうか」
シズはことなげにいったが、アザミはすっかり息があがっていた。
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