第11話 今まで通りの生活
ウォッチャーだけの給料では高すぎて入れない酒場で、ツヅミはビールを楽しんでいた。
シズに無心しているため、ツヅミは金には苦労していない。そのため、未分不相応な店でもツヅミは酒を楽しめる。
「ぷは。今日も美味いな」
ビール特有の苦味と炭酸は、喉を潤すには最適だ。馴染の店の主人はツヅミの好みを熟知しているので、注文せずとも好物のオリーブとチーズを出してくれる。
この店での時間をいつもは楽しみにしているのに、今日のツヅミの気分は冴えないものだった。
シズに惚れてしまったアザミは、魔法使いの末裔のなかでは有数の名家の出身だ。アザミと結ばれたら、シズはアザミに実家という協力な後ろ盾を得てしまう。
シズに寄生しているツヅミにとって、それは非常に厄介なことだった。
シズはツヅミが出せと言えば簡単に、金を差し出す。今だって、その金で酒を楽しんでいる。
今のツヅミとシズの関係は、学生時代の虐めから端を発している。学生時代に自分はツヅミよりも下の存在である、と徹底的にシズに教え込んだ。
おかげで、シズはツヅミのいうことならば何でも聞くのである。シズはツヅミにとって、非常に都合もいい金づるだ。
だが、それもこれもシズの周りに人がいないから出来ていたことだ。シズが誰かに相談したら、ツヅミは脅迫罪で逮捕される可能性すらあった。
ツヅミとシズの関係性は、それぐらいに歪んでいる。そして、そんなことは調べられたら簡単に分かってしまうだろう。
アザミという少年が、どれだけ家にとって大切な存在かは分からない。だが、アザミの親は間違いなく、シズの近辺を調べるだろう。そうなれば、ツヅミの存在は知られる。
アザミの親は、どう思うであろうか。
シズをウォッチャーの手綱も握れない人間として、情けないと思うだろうか。それとも子供の後顧の憂いを絶つために、ツヅミを始末するだろうか。
ウォッチャーは、暴走した魔法使いの末裔の抑止力であるというのが一般的な解釈だ。ただし、実際のところはウォッチャーに負けるような魔法使いの末裔ならば、暴走の前にモンスターに殺されている。
魔法使いの末裔を殺せると自負しているウォッチャーなど誰もいないであろう。
ウォッチャーなど所詮は、魔法使いの末裔の安全性内外に示すためのお飾りだ。アザミの両親がツヅミが邪魔だと判断すれば、自分は消される可能性があった。
ツヅミさえいなくなれば、シズに憂いはなくなる。名家の一員となったシズは、心穏やかな生活が保障されるのだ。
「そんなことがあってたまるか!」
幸せそうなシズの顔が浮かんで、ツヅミは酒が入っているグラスをテーブルに叩きつけた。店のマスターに睨まれたが、ツヅミはそれどころではなかった。
シズが幸せになるのが納得できない。
魔法使いの末裔は、モンスターと同じ化け物だ。化け物が幸せになって良い由来はない。
シズに似合うものは笑顔ではない。学生時代のときのような世界の全てに絶望し、息苦しそうにしていた表情だ。
だというのに、このままではツヅミの立場さえも危うくなるかもしれない。魔法使い末裔の中には、ウォッチャーの命を軽視していつ者もいる。アザミの親は、今すぐにでもツヅミを殺しに来るかもしれない。
「モンスターと同じところから来たんだ。あいつらもいつかはモンスターと同じ存在になるに決まっている」
魔法使いの末裔は人間ではない。
それが、ツヅミの考えであった。
「シズを殺せばいいんだ」
ツヅミは、ニヤリと笑った。
魔法使いの末裔の仕事に、危険は付き物である。モンスターと間違って射殺する悲劇は、あり得る事故であろう。
「人外が、人並みの幸せって奴を望んでいるんじゃねぇよ」
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