第10話 あなたが好きです
「思ったよりも早く終わったな……。何があったんだ?」
タバコをふかしていたツヅミは、目の前に現れた三人の姿に戸惑った。
デパートのなかに取り残されていた夫妻と従業員はすでに保護し、別の魔法使いの末裔に預けている。モンスターも全て討伐済みだ。
一仕事終わったアザミだが、シズの腕にしがみついている。ユウダチは、そんなシズの姿を見ながらガミガミとアザミを叱っていたのだった。
「婚約なんて、アザミにはまだ早い!第一、お見合いすら嫌がっていたのに……」
ユウダチはアザミに説教をするが、彼はシズの腕に抱きついて離れない。ユウダチの説教は、暖簾に腕押しであった。
「しかたないだろ。好きになったものは、好きになったんだから」
アザミは、重要なことをさらりと言ってのけた。シズが思い悩み消そうと思った感情をアザミは簡単に言う。
ユウダチとシズは、目眩を起こしそうになった。
これがいわゆる「若者の気持ちが分からない」というものであろうか。シズは自分は若いと思っていただけに、ショックを受けていた。
「だから、学生で婚約なんて早いって。最近までお前も嫌だって言っていただろ」
ユウダチは、大げさにため息をついた。
シズは、苦笑いをしている。
「結婚や婚約を決めるには、アザミさんは若すぎます。もっとよく考えてするものですよ」
シズはアザミをなだめようとするが、彼は頬を膨らませて首を横に振るだけだ。
「シズさんに決めた。前から格好が良い人だとは思っていたけど、魔法を見て決定的になった。俺は、シズさんと婚約したい。他の人とは嫌だ」
熱烈な言葉は、真っ直ぐにシズを射抜く。
アザミの言葉を受け止めたかった。だが、アザミのこれからを思うからこそ、頷けないでいた。
大人たちに囲まれたアザミは、必死に自らの気持ちを語る。
「シズさんの魔法を見た時に、この人だって分かったんだ!びびっときたんだ」
アザミは、真剣な表情でシズを見つめる。
シズはというと、どうにかしてくれとユウダチに助けを求めていた。
「あー……。結婚というのは双方の合意がないと出来ないんだ。シズさんには婚約の意思はないみたいだし、今回は脈がなかったと思え」
ユウダチは、とりあえずアザミとシズを離した。アザミは残念そうだが、シズは安堵している。
自分を好きだと言ってくれる人の存在が貴重なことは、シズとて分かっている。幼い頃に両親を亡くし、周囲に理解者もいなかったシズは愛には飢えている。
しかし、それをアザミから受け取ろうとは思わなかった。アザミには、もっと相応しい人がいるはずだ。
「なら、デートでもしようぜ!」
アザミは良いことを思いつきたとばかりに、声を上げた。
ユウダチとシズは驚いて、思わず顔を見合わせる。アザミの衝撃的な一言に、大人二人はついてこらなかったのだ。
「お互いのことを知って、離れがたくなったら婚約しよう!ほら、互いを知ることって大事らしいし」
アザミの目は、輝いていた。
恋とは恥じらいが付き物であると思っていたシズには、アザミの考えが理解できない。一方で、ユウダチは今日何回目から分からないため息をついた。
アザミは、思いついたらすぐに結構する性格である。良いように解釈すれば行動力があるということだが、悪く言えば考えたらずだ。
今回だって、とりあえずシズと一緒にいたいと思っての発案であろう。
シズは、ユウダチに助けを求めた。
だが、ユウダチは無言で首を横にふる。ユウダチは、彼なりによく考えてみたのだ。そして、答えを出した。
シズとアザミの婚約は今のところの最善策ではないのか、と。
よく考えてみれば、アザミは家の都合で婚約をせっつかれているのだ。ならば、本人が望んでいる相手と添えるようにするのが幸せなのかもしれない。
それに、シズはまともそうな人間だ。魔法使いとしての腕も一流であることはユウダチも見抜いている。
「アザミ。シズさんを頑張って落とせよ」
もはや、シズには助けを求められる人間はいなかった。そして、古今奮闘するのも阿呆らしくなってきた。
それに、アザミは魔法使いの末裔としては磨けば光る原石だ。好意云々は別として、年長者として磨いてやりたい気持ちもある。
「……デートではなくて、魔法の練習ならば手伝いますよ」
根負けしたシズは、デートではなくて魔法の練習相手ならばと譲歩した。
アザミの年齢の子供ならば、ちょっとしたことで心変わりするだろうと思惑がシズにもあった。
それに、自分は立派な人間でもないのだ。アザミが、シズに失望するということもありうる。
「そもそも親が私なんかとの交際なんて認めるはずがありませんし……」
シズは、なにか大切なものを忘れているような気がした。はて、と首を傾げていると
「シズは、アザミの親が認めた見合い相手でもある……。アザミがシズを落としたら、親は大喜びだろうな」
ユウダチの言葉に、シズは崩れ落ちた。
シズは、アザミが見合い相手だったことをすっかり忘れていたのだった。
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