第8話 再会
アザミは、大きなため息をついた。
ウォッチャーであるユウダチに呼ばれて仕事の状況を聞き、アズミは授業を公欠することになった。これだけならばいつものことだが、仕事場はデパートだ。
少女ならば誰で憧れる最上級ドレスや宝石を扱うデパート。男子のアザミは噂を聞く程度だったが、貴族といった上流階級人々の関心をガッチリと掴んで離さないという話である。
そんな場所にモンスターが入ってしまったのだ。迅速にモンスターを倒し、高貴な人々を避難させなければならない。成功させなければ、魔法使いの末裔としての意義を問われかねない状況であった。
そして、すでに
「くっそ。室内戦は苦手だっていうのに」
デパートに侵入する準備を整えながら、アザミは小さく呟く。
大多数の店員と客は逃がせているが、客に関してはそもそも何人がデパートの来ていたのかも分からない。
元の数が分かっている店員については、五人が内部に取り残されているという。ただし、彼らの安否は不明である。
彼らの姿を探しつつ、見つけたら保護しなければならない。無論、その間にモンスターを見付けたら倒すことも仕事だ。
戦いの場所がデパートという高級店だから、余計なものまで燃さないように気をつけなければならないだろう。魔法の制御が甘いアザミにとっては、なかなか不利な場所であった。
しかも、偶然にも近場にいた他の末裔との合同任務である。ショッピングモールの大きさを考えれば助っ人は必ず必要だが、相手が問題だった。
「まさか、すぐに合同任務になるなんてな……」
共に仕事をすることになったのは、シズとツヅミだった。
同業者なのでいつかは一緒に仕事をするとは考えていたが、いささか早すぎる。アザミは、まだ時間が欲しかった。
「初めてだったし……」
シズは小さく呟いて、己の唇に指先で触れた。大人の口付けがあることは知っていたが、あんな風に貪るようなものだったとは思わなかった。
あの口付けの意味は、なんであったのだろうか。シズはお見合いを断りたがっていたから、その意思表示だったのだろうか。
それとも、アザミに対して少しでも何かを残したいと考えていたのだろうか。
後者だとしたら、それはもう——好きということではないのだろうか。
「平常心。平常心……と」
所詮は振られたお見合い相手のことだ。
仕事中に気にするようなことではない。それに、あの口付け以外は、アザミのことなど歯牙にもかけていなかった相手だ。今更、考えたってしかたがない。
あの口付けだって、大人のシズにとってはちょっとしたイタズラであったのかもしれない。
そうやって、アザミは心身を落ち着かせる。
アザミが精神統一をしている間に、ユウダチも準備を整えた。
「今回は人手が必要だ。俺も一緒に行くからな」
ユウダチは、腰に帯びていた小型の拳銃を取り出す。
モンスター相手にはほぼ意味をなさない武器であっても、ウォッチャーは銃の携帯を許されている。なぜならば、それは魔法使いの末裔には効果的だからだ。
ウォッチャーの最も大切な役割は、暴走した末裔の始末である。魔法は使い方を間違えれば、脅威となりうるからだ。
故に、常にウォッチャーが側にいるのである。
「ユウダチこそ、あんまり無理はするなよ。俺の後ろに立っていろ」
アザミとユウダチが喋っていれば、一台の乗り合い馬車が側に止まった。そこから、出てきたのはシズである。
「……まさか、こんなに早く再会するとは思いませんのでしたよ」
シズの言葉に、アザミは複雑な心中を隠すように笑った。気まずさを感じているのは、アザミだけではないらしい。シズも複雑そうな顔である。
それでも、今は仕事中だ。
見合いの席でのことは、二人は口に出さなかった。今から危険な仕事に赴くのだ。集中力を切らすような話題は厳禁である。
「デパートなんて、シズが建物ごと凍らせれば問題解決だろ。数分もかからないはずだ」
あくびを噛み殺しながら馬車から降りてきた男がいた。シズのウォッチャーなのだろうが、初対面の相手がいるのに礼儀がなっていない。
「私の魔法は、それほど強くありません。なにより、人が残っていたら危険ですよ」
シズの返答はもっともだが、ウォッチャーの男は「めんどくせぇ」と言ってツバを吐いた。
品がない男である。
アザミのウォッチャーの男に関する好感度は、どんどんと下がっていく。
「どこに人やモンスターがいるかどうかも分からない状態です。二手に分かれましょう」
シズは、ユウダチに自己紹介をする。
「はじめまして、シズと申します。こっちは、私のウォッチャーのツヅミ」
ユウダチは自分と同じウォッチャーのツヅミを見て、眉をひそめる。アザミと同じように、ユウダチもツヅミに良い印象を持たなかったようである。
「ツヅミか……。おい、デパートのなかはどうなっているかも分からない。銃は持てよ」
ユウダチは、ツヅミの格好を注意する。
彼の銃は、腰にぶら下がったままだ。ツヅミは、ユウダチのように武器を持とうとしなかった。それどころか、タバコまでふかし始める始末である。
「おいおい。危ないところは、末裔様たちががんばるものだろ」
ツヅミの態度に、ユウダチはむっとする。
モンスター退治において、ウォッチャーは魔法の末裔ほどの働きはできない。だが、そこで止まっていたら役立たずのままだ。
少しでも末裔のサポートが出来るように、ウォッチャーは日々努力する。ユウダチは、少なくともそう思っている。
「末裔におんぶに抱っこなんて出来るか。俺たちは、俺たちにしか出来ないことをだな……」
そこまで、と声をかけたのはシズであった。
シズはにこやかに、ユウダチとツヅミの間に入る。
「言い合うのは、仕事が終ってからにしましょうね。今は、それぞれの仕事に集中するのが大切ですから」
それを言われてしまえば、ユウダチも黙るしかない。ツヅミも機嫌を損ねたままであったが、ユウダチからは離れた。
大事な仕事を前にして、喧嘩を続けるほど二人は子供ではない。しかし、互いの心象は悪化していた。
「……かっこいい」
アザミは、思わず呟いた。
それを聞いたユウダチは、ぎょっとする。
「あのツヅミって、奴のことか?やめとけ。碌な奴じゃないって」
ユウダチの言葉に、アザミは唇を尖らせて不満げな表情をした。
「違うって、かっこいいのはシズさんの方だ。お前とツヅミの喧嘩を止めただろ。大人って感じがして、格好いい」
大人の仲裁できるシズは、若すぎるアザミには格好よく見えたのだ。
ユウダチは、思わず脱力した。
ユウダチとツヅミの軽い諍いを止めることなんて、二十歳のシズにとってはなんてことない事だろう。しかし、アザミにとっては自分では出来ないことを軽々こなすヒーローのように思えたのである。
「それぐらいで格好いいだなんて……。アザミもまだまだお子様ってことか」
ユウダチは呆れた雰囲気をだしたが、シズの仲裁がなければツヅミとの諍いを無駄に続けていただろう。
大人しそうな優男だとしかユウダチはシズを評価していなかったが、この場では彼が一番冷静なのかもしれない。
「魔法使いの末裔の仕事経験が多いのか。だとしたら、あの年齢で大したものだ」
アザミもそうであるが、強力な魔法使いほど若い頃から酷使される。若いシズの立ち振舞から考えるに、学生時代からアザミより多くの時間を仕事に費やしている可能性が高かった。
ならば、魔法使いの末裔としてはアザミよりも上手かもしれない。
アザミの実力は、ユウダチもよく知っている。魔法使いの末裔が魔力を失いつつあるなかで、アザミの魔法は強い部類に入っていた。
そのアザミのよりもシズが強いのであれば、彼は現代の魔法使いの末裔なかで最強の可能性もある。
今回の難しい仕事に関して、助っ人として呼ばれたのも十分に納得できた。
「私は西棟から行きます。アザミさん達は、東棟からお願いしますね」
シズはデパートの見取り図を手に取り、アザミとユウダチに指示を飛ばす。
その指示にツヅミは入っておらず、シズは最初から自分のウォッチャーを頼りにしていないようだった。
だとしたら、ツヅミの態度は常日頃ということである。ユウダチは同じウォッチャーとして許せない。
「それでは、気をつけて」
シズは、一人でデパートに入っていった。アザミは、その背中に孤独を見る。
「ウォッチャーは、末裔と苦楽をともにするものだっていうのに……」
ユウダチは、まだツヅミの態度に不満を持っていた。しかし、こだわっている暇はない。デパートのなかには、助けを待っている人もいるかもしれないのだ。
「ユウダチ、行くぞ」
アザミもデパートに向かった。
デパートのなかではモンスターに怯える人々がいるかもしれない。そう思えば、アザミだって力が湧いてくる。
「……よし」
無敵になれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます