第6話 学園にて
「あー、勿体なかった」
アザミは、学園の机に突っ伏していた。
お見合いにやってきたシズのことが、アザミは忘れられない。
別に付き合いたかったと言うわけではなかったが、シズの記憶のなかでおかしなお見合い相手として記憶されたことが恥ずかしくてたまらないのだ。
きっと学生ながら結婚を焦る男だ、とアザミのことをシズは記憶しているのだろう。本当の自分は違うと言うのに。
初恋さえも経験していない初心さだというのに。
学園の勉強よりも、魔法使いの末裔としての仕事が好きな自分だと言うのに。
「だから、キスなんてしたのかな……」
遊び慣れている子だと思われてしまったのかもしれない。あんなふうに魂まで食べられてしまうキスなんて初めてだ。ちなみに、普通のキスだって初めてだった。
「なにを勿体ながっているのよ」
アザミに声をかけたのは、イズミであった。
魔法使いの末裔ではない普通の少女ながら、幼いの頃からのアザミの友人だ。
魔法を操る末裔を忌み嫌う人間も少なくないなかで、イズミは色眼鏡なしでアザミのことを見てくれている。
そして、度重なるお見合いに疲れているアザミの味方でもあった。
長い髪をポニーテールにしたイズミは、キリッとした目尻が特徴的な美少女だ。十六歳の割には発育良い。スタイル抜群で大人びているイズミならば、シズと並んでも様になるであろう。
「この間のお見合い相手がさぁ。ものすごい美形だったんだ」
アザミの言葉に、イズミは「あー」と残念そうな声を出す。これだけで、イズミは大体の話を察してくれた。
「勿体なかったね。相手って、何歳だったの?」
イズミの質問に、アザミは「二十歳」と言った。
冷静に考えれば考えるほどに十六歳の子供に大人の二十歳が振り向くはずがないのだ。振り向いたとしたら、その人はロリコンである。
あの大人のキスだって、シズにとっては遊びだったのだろう。
いや、口ぶりから言えば遊びというよりは忠告だったような気もしない。自分のような大人には気をつけろ、と。
「でも、同業者なんでしょう?仕事で会えるかもしれないじゃん」
イズミの言葉に、アザミは首を縦に振った。
魔法使いの末裔の全体数が少ない上に、モンスターと戦える人材も少ない。そのため、いつ共に仕事をすることになってもおかしくはない。
「無理。結婚を焦っている学生だと思われたんだよ。恥ずかしいし」
イズミには、アザミが恥ずかしがる理由が分からない。
出会い頭に口説いたわけでもないだからいいではないか、とイズミは考える。
見合いという正式な場ならば、普通は男を漁っていそうとは思わないであろうし。むしろ、イズミだったら家の関係で苦労している子供と思うことだろう。
アザミは相手によく思われたいあまり、冷静さを欠いているようであった。過剰に自分のことを恥ずかしいと言っている。
イズミから視れば、アザミに恥ずかしいところなどはない。魔法使いの末裔のことはよく分からないけれど、容姿だけならばアザミは勝ち組だ。
肌はきめ細かいし、瞳は大きくて子犬みたいだ。くるくる変わる表情はちょっと子供っぽいが、可愛いと言ってくれる人は多いだろう。
「恥ずかしがるようなものなの?」
人は持っているものに対しては鈍感になるものだなとイズミは呆れてしまう。それでも、アザミを放り出さないのは友情故だ。魔法使いの末裔同士の恋愛に興味がないと言ったら、嘘になるが。
イズミの質問に、アザミは鬱々した表情で答える。
「この年齢で、親と婚活しているなんて恥ずかしい。なんか訳ありみたいで……」
といっても、アザミは今まで婚活を恥ずかしいなんて思ったことなんてない。
けれども、今回は今までとは違う反応を見せている。それは、つまり相手に嫌われたらイヤだと思っていることだ。
名探偵イズミは、にやりと笑って推理を告げた。
「恋の始まりって、やつかな」
イズミがそう言えば、アザミの顔が真っ赤に染まった。姫リンゴみたいな赤い頬が可愛い。
「……そんな……相手は歳上だぞ。同業者だし」
自分の感情に振り回されるアザミは、イズミから見れば滑稽で面白い。けれども、あまりにからかっても可哀想だ。
「十六歳と二十歳よ。歳の差が気になるなんて、今だけでしょう。それに、恋に同業もなにもないわよ」
アザミは「うー」とうなり始めてしまった。
アザミにとって、四歳の年齢差は大きいらしい。
「恋なんて、嫌だなぁ」
はぁ、とアザミはためいきをついた。
今は恋なんてせずにモンスター退治に専念したい、というのがアザミの本音だ。それぐらいにモンスター退治は重要な使命であるし、アザミの信念でもある。
「なんで恋を厭うのよ。今どき、小さい子どもだって恋愛しているでしょうが」
イズミはそう言うが、アザミの恋愛には必ず結婚が付いてくる。将来の伴侶を十六歳という年齢で決めるのは少し怖い。それに、今のアザミには夢があった。
一匹でも多くのモンスターを倒す。
そして、異世界からモンスターが来る前の世界に戻すのだ。
けれども、アザミは少し不安になることがある。世界からモンスターがいなくなったら、魔法使いの末裔である自分たちはどうなるのだろうか。
異形の力である魔法を持て余した人類は魔法使いの末裔たちを迫害するのかもしれない。
アザミは理解のある人間に囲まれていて、虐めや差別などとは無縁に成長してきた。親友のイズミだって、普通の人間だ。
「でも……」
世界からいらないものになった時の自分たちは、果してどうなるのか。アザミは、そんなことを考えて不安になるのだ。
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