第5話 ファーストキス


「シズさん!」


 部屋を出ていったシズに向かって、アザミは叫んだ。


「俺も一緒に仕事が出来ることを楽しみにしています!」


 自分が思っていたことを伝えられたことに、アザミは安堵した。このように着飾った自分ではなく、シズには自然な自分を見て欲しいと思ったのだ。


 だが、それに対してシズは顔を伏せる。


 なにかを悔いている表情にも見えたので、アザミは少しばかり不安になった。


「……申し訳ありません。手酷く振れと言われているもので」


 シズは踵を返して、アザミの目の前まで迫った。


「これから、あなたの嫌がることをします。だから、私のことなど忘れてください」


 いつの間にか壁際まで追い詰められていたアザミは、近づいてくるシズの顔を避けられなかった。


 唇と唇が、触れ合う。


 アザミが生まれて初めて経験する口付けであった。


 温かな感触と息が止まってしまうような衝撃に、アザミの体は固まってしまう。その内にシズの舌が唇を割って口内を侵入してきた。


 キスには、大人のものがあると噂には聞いていた。舌先でくすぐるように上顎を攻められるのは、大人のキスなのだろうか。


 だとしたら、怖い。


 だって、このキスは魂までも食べられてしまいそうな激しさなのだ。


「……ちょっと!」


 アザミが、シズの胸を押す。


 それだけで、シズはあっという間に離れていった。まるで、抵抗されるのを待っていたかのようなあきらめの良さであった。


「あなたには、もっとふさわしい人がいると言ったでしょう。もっと人を見る目を養わないと痛い目にあいますよ」


 アザミには、シズの言葉の意味が分からない。


 アザミが呆然としている間に、シズは行ってしまった。アザミは親に声をかけられるまで、ぼんやりとたたずんでいたのであった。 


 

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