第4話 一目ぼれ


 見合いの席には正装で赴く、という考えがかつてのアザミにはあった。堅苦しい服が嫌いなアザミは、それだけでかつてはげんなりとしていた。


 しかし、五回を超えれば今どきの見合いの形が見えてくる。


 静かなレストランの個室を用意されて、高い洋服を着せられる。しかし、今までの服も今日の服装も全てが平服に近いデザインであった。


 レストランにやってくる相手方も似たような格好であったので、親も相手も見合いを堅苦しいものにしたくはないという気持ちが伝わってきた。


 アザミにしてみれば面倒くさい正装よりも、どんなに高くとも動きやすい平服の方が楽である。それに、見合いの席でのご馳走もたらふく入る。正装では、こうはいかないであろう。


 見合いの席の高価な料理やスイーツは、アザミの楽しみの一つである。これがあるから、見合いの席でも落ち着いて座っていられる。


 何事にも褒美と楽しみが必要だという良い例だろう、とアザミは御馳走とスイーツに舌鼓を打つ。そして、相手の話を音楽代わりにするという見合いを何度も繰り返していた。


 しかし、今日ばかりは話が違った。


 ご馳走もデザートのスイーツも、全てが色あせて見える。


 それは、相手が類まれなる美形であったからだろう。


 アザミは視線をスイーツに向けて、出来る限り相手に興味のないふりをする。


 美形が見合いに来ないかとは言った。


 だが、あくまで冗談だ。


 婚約者など自分には早すぎると思っているし、欲しくもない。しかし、ふとした瞬間に視線が見合い相手に行ってしまう。


 これが美貌と言う魔法の効力だと言われたら、アザミは納得してしまうであろう。


 アザミの見合い相手は、類まれなる美形であった。すっと通った鼻梁に、優しげに細められた水色の目が印象的だ。


 瞳と同色の髪は伸ばされ、低い位置で一纏めにされていた。身長も高いが、痩せ型なためにヒョロリといった印象を受ける。


 人によっては、それだけが残念だと思う人間がいるかもしれない。優男というだけでは足りない。痩せすぎなのだ。


 その見合い相手を連れて来たのは、職場の上司と名乗る男だった。


 家族が同席しないということは、彼は天涯孤独の身の上ということなのだろう。アザミの見合い相手としては、家族がいないことは珍しくない。それよりも、親は魔法の才能の方を重視している。


 優秀な魔法使いが猿であっても、もしかしたら親はアザミのお見合い相手としてセッティングしたかもしれない。


 相手の年齢は二十で、名門校を卒業してからずっとモンスターと戦い続けているらしい。危険度の高いモンスターとの戦いでも脅えたところは見せない勇敢な猛者だと上司は説明してくれていた。


 ヒョロリとした体型に猛者という表現は似合わなかったが、きっと魔法の使い方が上手いのであろう。


 強い炎の魔法を有しているアザミだが、コントロールの方は苦手である。魔法を使い方が上手いと表現されるということは、相手はアザミとは逆にコントロールに秀でているのかもしれない。


 それにしても、とアザミの視線は無意識に見合い相手に行ってしまう。それぐらいに、相手は魅力的な美貌をかねそなえている。


 上司の紹介ではなければ、良いところのお坊ちゃんだとアザミは勘違いしたかもしれない。


「あの……えっと」


 今までは、すぐさま「勿体ない話だけど、ごめんなさい」と早口で告げていた。しかし、今日の見合い相手には、なかなか切り出せない。


 一目惚れという言葉があるが、そのような状況が今のアザミに近いのかもしれない。


「その……シズさんでしたよね?」


 アザミは、恐る恐る相手の名前を呼んだ。


 シズはきょとんとした表情の後に、ぎこちなく笑った。笑うと女性的な顔は益々優しく思えたが、幼すぎる見合い相手に困っているようにも思える。


 本当に勿体ない話ではあるが、相手にとってアザミは興味範囲外らしい。


 十六歳と二十歳という年齢ならば仕方あるまい。アザミだって、最初は歳の差で忌避感を覚えた。


 アザミは、今回も自分から穏便に見合いを終わらそうとした。自分が相手の対象外ならば、引き止め続けることも失礼だろう。非常にもったいないが、あきらめなければならない。


「髪の手入れ方法を教えてください」


 思った事と口から出た言葉の違いに、一番驚いたのはアザミであった。


「髪ですか……」


 アザミの言葉に、シズはくすくすと笑っていた。妙にツボに入ってしまったようだ。シズは笑いが止まらない。一方で、アザミは顔を赤くする。


 この場で、髪の手入れ方法を聞くのは場違いである事だけは分かった。しかも、相手は男性である。よっぽどのナルシストでなければ、髪などぞんざいに扱うだろう。


「普通に石鹸を使っていますよ。今度、貸しましょうか?」


 どこか悪戯っぽい口調が、アザミには可愛く感じられた。


 シズの方が、年上なのに可笑しなことである。きっと純粋な人なのであろう。そうでなければ、年上なのに可愛く思えるはずがない。


 アザミは、ますますシズのことが好きになってしまった。


 こんなことは、生まれて初めてだ。


 美形って怖い。


「今のは、ちょっと口が滑りました。でも、髪が綺麗だなって思ったことは本当ですから」


 おかしなことを口走っている自覚はある。


 けれども、アザミはシズとの会話を途切れさせたくはなかった。


「アザミさん……」


 そんなアザミの心境を知ったかのように、シズは真剣な声で言う。


「今回の件ですが、なかったことにしませんか……。あなたには、私よりも素敵な人が似合いますよ」


 上司の手前では断りにくいだろうと思っていたのに、シズは自分から頭を下げてきた。上司の方は、困ったような顔をしている。


 今回は自分の両親が無理を言って仕組んだお見合いだったのだろう、とアザミは自分の隣にいる母を睨んだ。


 こんな場で出会わなければ、魔法使いの末裔らしく仕事仲間として友好な関係を築けていたかもしれないのに。


「いつか仕事で会いましょう。あなたの炎の魔法は強力だと聞きますから」


 シズは微笑みながら、お見合いを終わらせた。


 そして、アザミの母親と自分の上司に頭を下げて退室してしまう。


 事前に考えていた通りのシナリオになったというのに、アザミは残念な気持ちになった。あんな美貌など滅多に拝めないのに、という無念さがあったのだ。


「ああ、もう。後悔するより、だよな」


 シズは立ち上がって、アザミの後を追いかけた。


 残された上司とアザミの母親は、互いに苦笑いをした。


「最近の若者は、どうにも分かりませんねぇ」


 そんなことを互いに呟きながら、アザミの母親は残された料理をちょっと摘まんだ。


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