第3話 自分の人生
「おい、お前がお見合いするって本当かよ。本当なら、相手を酷い方法で振ってこい」
モンスターを次々と氷漬けにするシズに対して、そんな言葉をツヅミは投げかけた。
ツヅミはウォッチャーの仕事を半場放棄し、欠伸ばかりをしている。
シズは、元よりツヅミには期待していない。むしろ、自分の魔法でツヅミの邪魔しないように気を配っているほどだ。
ツヅミからは、酒の匂いがしていた。
恐らくは、昨日は深酒をしたのだろう。酒の抜けきらない状況で、危険な現場に出てくるなどシズには信じられない。
ここは、フェンスの向こう側のモンスターの縄張りだ。油断が大怪我や死に繋がる可能性があった。けれども、それを口に出せばツヅミから拳が飛んでくることだろう。
「どうせ、あっちから断ってきますよ」
シズが指を鳴らせば、モンスターを凍らせていた氷が中身ごと砕かれた。それと同時にモンスターの血が勢いよく吹き出る。
ツヅミは、その残酷な光景をにやにやしながら見ている。まるで、極上のショーで見ているかのように。
「そうだもんな。お前みたいな残酷な魔法使いが、誰かに好かれるはずがないもんな」
それ以前の問題だ、とシズは思った。
シズは、今年で二十歳になる。その見合い相手が十六歳の子供なのだから、何もせずとも本人から断ってくれるだろう。
十六歳ならば、結婚など考えていない歳だ。
今回の見合いの席だって、相手の親が勝手に決めたに違いない。魔法使いの血を重視する家庭では、親の方が相手探しに一生懸命になることはよくあることだった。
「けっこう、可愛い子だったぜ。赤毛の子犬みたいで」
ツヅミは、釣書をちゃんと見ていたらしい。
だったら、魔法使いの末裔という色眼鏡で見ずに一般的な考えでいて欲しい。シズは子供の婚約者などいらないし、ツヅミに搾取される自分の人生に誰かを巻き込むつもりもなかった。
ツヅミは、学生ときからシズに寄生していた。
最初はいじめっ子であった。魔法使いの末裔という異分子を学校から追い出そうとしていた。
しかし、モンスターが学校を襲ったという事件が起きる。その時、シズは魔法でモンスターを追い払った。
それから学校でのシズの地位は苛められっ子から、英雄に格上げされた。
今まで通りシズを虐めても自分が不利になるだけ。それを敏感に感じ取ったツヅミは、今までずっとシズとは友人でしたと言う顔をしはじめたのである。
それは、シズにとっては驚くべきことであった。しかし、ツヅミは改心などしていなかった。今度は陰湿な虐めが、暴力に変わったのだ。
魔法さえ使えれば、シズはツヅミになど負けやしない。だが、魔法を一般人に使えば、シズの方が重罪を課されてしまう。この世界は、異物である魔法使いの末裔に厳しい。
人目であるところでは、ツヅミはシズの親友として振舞っていた。
ツヅミは、そちらの方が自分は得をすると分かっていたからだ。そして、影では自分が主であると教え込むようにシズを殴るのであった。
ツヅミに殴られてシズが怪我をしたとしても、誰もがモンスターとの戦いで傷ついたのだと勘違いした。大人を頼れば、シズの運命は変わったかもしれない。
けれども、シズは人を頼るというものを学べなかった。
ツヅミは、暴力によってシズの主になった。大人になって仕事を共にするようになっても、二人の力関係は変わらなかった。
今でもツヅミは、シズを殴って自分が上なのだと示す。
それをシズは犬のマウンティングのようだと思いながらも、ツヅミを恐れてしまう自分が惨めでどうしようもなかった。
ツヅミに対して、他のウォッチャーのような献身的な働きを期待するだけ無駄だ。
仕事中もぐちぐちとシズの悪口を言って、自分の身に危険が迫ればシズが助けて当然という態度を取るのだ。
これがシズ以外の人間ならば、外部に助けを求めてツヅミという寄生虫を退治しようと考えたであろう。
しかし、シズには暴力の記憶があった。
その暴力の記憶がシズを縛って、ツヅミを助長させている。
魔法を使えるシズの方が一般的には強いはずなのに、精神的にはツヅミが王だった。シズは強力な魔法使いの血を引きながら、奴隷の立場に置かれていたのだ。
「こんな人生に、誰かを巻き込めるはずがないでしょうが……」
今回の見合い相手が妙齢の女性であったとしても、シズは断っていただろう。誰が結婚相手になろうとも寄生虫としてツヅミがついてくる可能性が高いからである。
シズは、未だに自分の人生というものを歩めずにいた。
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