第2話 末裔たちの事情


「燃え尽きろ!」


 少年の声が、森の中に響く。


 少年が手を向けた方向には、真っ赤な炎が発生する。そして、その炎は鳥型のモンスターがいる木ごと燃やしてしまった。


「まだまだ行くよ!」


 宣言通りに、少年は炎を操って木の上のモンスターを燃やし尽くす。


 彼の名前は、アザミ。


 百年前に異世界からやってきた魔法使いの末裔の一人だ。


 アザミの家は末裔同士の婚姻に力を入れて、血が薄まることを防いでいた。そのせいもあって、アザミの魔法は末裔たちの中でも強い部類に入る。


 今の末裔たちのなかには、末裔というのは名ばかりで魔法の力を持たない者も多くいた。または、多少は魔法を使えても、魔法の力が弱く戦いに参加することが出来ない者もいる。


 そんななかで炎を自由に操ることが出来るアザミは、天才と呼ばれても良いほどの才能を持っていたのである。


 さらに、アザミの髪や瞳は赤い。その炎のようなわずかにオレンジ色が入った髪色や瞳から、アザミは炎の愛し子とも呼ばれることもあった。


「アザミ、それぐらいで止めておけ。この辺一帯を焼け野原にする気なのか!」


 アザミに声をかけたのは、三十がらみの男だった。


 お呼びがかかったこともあり、アザミは魔法を使うのを止める。その顔には、ちょっとばかりだが不機嫌が混ざっていた。


 本日のアザミの予定は、魔法で作られたフェンスの向こう側にいるモンスターを退治することだ。


 人間の生活区域にモンスターが入らないように見張りはしている。それでもモンスターの数を減らしておくことに越したことはない、というのがアザミの考えだったのだ。


 モンスターは、いわば外来種のようなものだ。率先して退治することが大切なのだとアザミは親から教わった。


 アザミの家は、いわゆる名家なのである。魔法を使える自分たちがモンスターを率先して退治し、そのような社会貢献をするべきだと幼い頃からアザミは叩き込まれていた。


「ちゃんと加減しているって。おじさんは煩いな」


 アザミの言葉に、おじさんと呼ばれた男はため息をついた。


 ユウダチは三十代だが、年よりも若く見られるタイプである。未だに、二十五歳ぐらいに間違えられるぐらいだ。


 それでもユウダチが不満を口に出さないのは、アザミが遠縁の親類だからだ。


 アザミは、ユウダチの実年齢を知っている。そして、知っているからこそ「おじさん」と呼んでいるのだ。十代特有の感覚では、二十五歳を超えたらおじさんなのである。


 若者とは、時に残酷な生き物なのだ。


「それでも注意するのが、俺たちウォッチャーの仕事だ。あんまり派手なことはするなよ」


 ウォッチャーとは、魔法使いの末裔の見張りだ。魔法使いの末裔が魔法を悪用しないように監視したり、仕事内容の調節を主に行う。


 特にアザミのように仕事にのめり込んでしまう魔法使いには、終了の時間を教えてやるのも大切な時間である。


「そろそろ帰還だな。暗くなれば夜行性のモンスターが動き出す。そうなれば、こちらが不利だ」


 ユウダチの言葉に「炎で照らせばいいじゃん」とアザミは反論するが、それこそ一歩間違えれば山火事である。


「それに、今回は早く帰れと言われているだろう。紹介したい人がいるって、お前の親が言っていたぞ」


 その言葉に、アザミはますます膨れてしまう。


 これは何かがあったな、とユウダチは考える。


 アザミに早く帰って来いと言っているのは、彼の両親だ。アザミの一族は魔法使いの子孫同士で結婚し、できる限り魔法使いの血を薄めないようにしている。それと同時に、強い魔法使いと縁故を結ぶのにも躍起になっていた。


 アザミには兄がおり、すでに子宝には恵まれている。


 アザミは同性同士でも結婚できるという法を使って、優秀な魔法使いの末裔を招き入れることを親に求められていた。


 魔法使いの末裔のなかには、先祖返りで親よりも優秀な魔法を使える人物もいる。今回のアザミの見合い相手も先祖返りである。


 魔法使いの末裔の死亡率は高く、仕事で家族を失った天涯孤独な末裔は意外なほど多いのだ。優秀な末裔の後ろ盾になり、さらに家を発展させたいという考えがアザミの両親にはあった。


 アザミは十六歳で、結婚が可能な歳だ。


 そのため、親は伴侶候補を探すのに忙しいのである。


「結婚相手を探す以外は、良い親なんだけどな……」


 血統のためのお見合い結婚だが、両親の仲は良好だ。年の離れた兄も両親と同じ方法で結婚し、幸せな生活を送っている。


 そんなわけで、アザミはお見合い結婚に偏見はない。時期が早すぎるのがいけないのだ。十六歳と言えば、人によっては学校に通っている場合もある。かくゆうアザミも学生だったりする。


「学生の内に婚約者を探すなんて無理だよ。相手は年上ばかりだし……」


 今までの見合い相手は、大体が二十代だ。十代のアザミにとっては、二十代など歳が離れすぎていて恋愛対象に見られない。相手だって、十六歳の子供など御免であろう。


「大人になったら、そこまで気にしないけど……。子供の時の年齢差は、大きなものに感じるからな」


 ユウダチは、アザミに同情した。


 仕事の時ばかりでなく、ユウダチはアザミが産まれた頃からの付き合いだ。他の子には感じない同情とちょっとの罪悪感を持ってしまう。


 アザミと遠縁のユウダチだが、彼は魔法が使えない。魔法使い末裔ながら、親から魔法という財産を引き継げなかった忌み子なのである。


 もっとも三十代を過ぎて家から独り立ちをしたユウダチにとっては、忌み子であることに劣等感は感じない。


 むしろ、ごく普通の人生に感謝しているぐらいである。


 アザミのように十代から婚約者を決めろとせっつかれることもなく、自由な青春時代を過ごせた。


 仕事に関しては、一族を手伝えるようなものにつけと親から命令はあった。しかし、慣れてくれば魔法使いの末裔たちを世間の荒波から守るウォッチャーの仕事だって楽しい。


「まぁ、いつもの通りに断ってくればいい。アザミの人生は、アザミのものなんだから」


 ユウダチのアドバイスは、アザミにとってありがたい。アザミは魔法使いの末裔だが、学生でもある。婚約者などいらないのだ。


「あー。いっそのこと超絶イケメンがお見合いにきたりしないかな」


 釣書にも目を通していないアザミは、そんなことを呟いた。



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