自信をなくした魔法使いは、異世界で愛しい人と暮らす決断をする

落花生

第1話 その魔法使いは搾取される


 全ては、百年前に始まった。


 ある日、天が割れて異世界からモンスターが出現するという前代未聞の事件が起こったのである。通常の武器が効かないモンスターたちに人類は苦戦するが、神は人間をまだ見捨ててはいなかった。


 モンスターと同じ異世界からやって来たという魔法使いも数多く出現したのである。彼らが使う魔法はモンスターを倒すために作られた技術であり、剣や槍にはびくともしないモンスターたちをあっという間に倒してしまうのであった。


 それから、百年。


 多くの魔法使いは寿命を迎えるが、現地で繁殖するようになってしまったモンスターは地上に蔓延っていた。人間たちの残された希望は魔法使いが残した子供たち——すなわち、魔法使いの末裔である。




 物を隠されるという悪戯には、シズはもう慣れてしまった。


 幼いときは遠巻きに悪口を言われる程度であったが、少し成長してからは悪戯も過激になって虐めに発展していった。


 今日は物を隠されただけだったが、ノートや教室を破かれてゴミ箱に入れられたことだってある。


 親がいないシズにとっては、ノートも鉛筆も安いものではない。


 成績優秀な魔法使いの末裔ということで国から支給されている奨学金のなかでは、新しいノートも鉛筆も買えない。ボロボロになっても水に濡れていても、乾かしたり修理したりして使うしかなかった。


 シズが無言で校庭の端に捨てられた文房具を拾おうとした時、上から大量の水が降ってきた。上を見上げれば、校舎の窓から顔を出しているクラスメイトがいた。バケツを持って笑っているクラスメイトの姿に、シズは目を細める。


 あのバケツで、シズに水をかけたらしい。しかも、それは綺麗な水とはいえず、雑巾を洗った後の汚れた水であった。


「早くモンスターを連れて別の世界に帰っちまえよ!どうせ、魔法使いたちがモンスターを連れてきたんだろ」


 そう言って、バケツまでも落ちてくる。


 さすがにシズは避けたが、気がつけばクラスメイトは去っていた。


「今日は、新しいパターンでしたね」


 きっとツヅミが考えたのだろう。


 ツヅミはいわゆるガキ大将で、クラスの男子生徒の中心的な人物であった。シズが受ける悪戯の類は、全てツヅミが考えたものである。


 魔法使いの末裔は、モンスターと戦って人類を守っている。しかし、初代の魔法使いこそをモンスターを持ち込んだ犯人ではないかと疑っている人間

 も少なからずいるのだ。


 そのような考えをツヅミも持っており、シズに過激な悪戯をするのはモンスターを連れて来た魔法使いへの罰だと思っているようだった。


 ツヅミによって誰かを罰する理由が出来れば、クラスメイトたちは楽しみながらシズに虐めに参加した。学校でカーストというものを作れば、シズは最下層にいる人間に違いない


「あの人たち相談したって、解決はしないですよね……」


 モンスターとの戦いで、シズの両親は死んだ。今は孤児院で暮らしているが、そこでもシズは歓迎されていない。


 魔法を使えるという点だけで他の子供たちに危害を与えるかもしれない危険人物だと職員は思っているし、小さな子供たちはシズを怖がって近づいてこない。少し成長した子供たちは、ツヅミのように自らの正義感に従ってシズを虐めるだけである。


「早く大人になりたいな……」


 大人になったら、誰にも頼らなくとも生きていける。


 シズにとって、大人になるということは現状から逃げ出す唯一の手段だった。


「おい、誰か先生を呼んで来い!!」


 その声に、シズは息を飲む。


 声の方に目を剥ければ、生徒が校庭を走っている。生徒たちは、鹿によく似たモンスターに追いかけられていた。


「なんで、こんなところにモンスターが!」


 普通ならば、モンスターの居住区と人間の居住区は明確に分けられている。そのため、今まではモンスターが学校などに現れることなど考えられなかった。


「フェンスが破られたのか!」


 それはつまり大人の魔法使いが、モンスターに敗れたことを意味していた。モンスターが人間の居住区に入ってこないように、普通の人間がいる場所には魔法で作られたフェンスが張り巡らされていたはずだ。


 校庭にいるモンスターが、フェンスを破るほどの攻撃力と身体能力を持っているのである。その事実に、シズは震えた。


 シズは急いで逃げようとするが、彼の視界の端にはモンスターから逃げまどう生徒の姿が見えていた。


 他の生徒がモンスターに追いかけられている中で、シズは迷っていた。シズも魔法で戦えるが、その魔法の威力は強くはない。出ていったところで、シズ自身が危険にさらされるだけだろう。


「でも……でも」


 シズは、両手を握りしめた。


 この場にいる魔法使いは、シズだけだ。


「やりたいと思ったことは、やらないとダメなんですよね……」


 シズは、モンスターに向かって両手を向ける。


 そして、大きく深呼吸をした。


「凍りつけ!!」


 自分の中のありったけの魔力を乗せた一撃は、モンスターの足を凍らせて地面に縫い付けた。モンスターは暴れるが、強固な氷は壊れる事はない。


「やった……」


 一気に多量の魔力を失ったシズは、その場に座り込む。


 生徒を守れたという安心感と達成感に包まれながら、シズは強い眠気に襲われていた。


 魔力を使い果たした後遺症であり、それを知っているシズは恐れることもなく睡魔に身をゆだねた。


「やべぇ。まじもんの化け物じゃんか」


 気を失う前に、そんな言葉が聞こえたような気がした。


 その声は、ツヅミのものだったのかもしれない。


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