第16話 ローカルアイドル
ある日、秋生は突然、鵜飼から電話を受けた。最近の秋生の沈んだ様子を気にかけていた鵜飼だったが、その日の彼の声はいつもと変わらない軽快なものだった。
「秋生、お前、週末空いてるか?新潟に行こうぜ。Nagiccoのライブがあるんだよ!」
「Nagicco…?」
秋生は聞き慣れない名前に戸惑いながら返事をした。
「そう、Nagiccoだよ!新潟を拠点に活動してるローカルアイドルなんだ。前から気になってたんだけど、ついに行けるチャンスが来たんだよ!この機会を逃すわけにはいかない。だから、お前も一緒に行こうぜ!」
秋生は困惑した。新潟まで行ってアイドルのライブを観るなんて、想像もしていなかった。しかし、最近の自分の生活にどこか閉塞感を感じていた彼は、鵜飼の熱意にドン引きしながらも、なんとなく断りづらい気持ちになった。
「でも、わざわざ新潟まで行かなくても、東京でもアイドルのライブは見られるだろう?」秋生はそう言ってみたが、鵜飼はすぐに反論した。
「違うんだよ、田中。地方で活動してるアイドルは、地元でこそ輝くんだ。彼女たちがどれだけ地元に根ざして頑張ってるか、そのエネルギーを直に感じるには、やっぱりその場所に行かないとわからないんだよ。ライブだけじゃなくて、その土地の空気を吸って、文化に触れて、そこで応援することに意味があるんだ。」
秋生はその説明を聞いても、いまいち納得はできなかったが、鵜飼の情熱は伝わってきた。何かに夢中になれることがある鵜飼の姿が、どこか羨ましくもあり、自分もその情熱に少し触れてみたいと思ったのかもしれない。
「分かったよ。週末、行ってみるか」
と、秋生は少し気乗りしないままも承諾した。
週末、新幹線に乗って秋生は鵜飼と共に新潟へ向かった。車内では鵜飼がNagiccoのことや、新潟の魅力について熱く語り続けたが、秋生は正直、まだその興奮を共有できずにいた。自分がどうしてここまで来ているのか、少し不思議にさえ感じていた。
新潟に到着すると、鵜飼はまっすぐにライブ会場へと秋生を案内した。会場に到着すると、すでに多くのファンが集まり、彼女たちの登場を心待ちにしていた。その光景を目にして、秋生は少し緊張を感じながらも、鵜飼の情熱に触れたことで、少しだけその場の雰囲気に飲み込まれていく自分に気づいた。
「ここに来てよかったって、絶対思うから!」
鵜飼は自信たっぷりにそう言い、秋生の肩を軽く叩いた。
ライブが始まると、秋生は次第にその場の熱気に引き込まれていった。Nagiccoのパフォーマンスはエネルギッシュで、彼女たちの地元愛やファンとの絆がひしひしと伝わってきた。秋生は、鵜飼が言っていた「地元でこそ輝く」意味が少しずつ理解できるようになってきた。
ライブが終わり、秋生は気づけば笑顔になっていた。新潟という地方都市で、Nagiccoのようなローカルアイドルが熱心に活動し、その姿に心打たれるファンたちがいる。それを直接目にしたことで、彼の中に少しだけ新たな感情が芽生えていた。
「鵜飼、お前がどうしてここまで来たかったのか、少しだけわかった気がするよ。」
秋生はそう言って、彼の情熱に感謝した。今はまだ完全には理解しきれていないかもしれないが、何か新しい視点を得たことに、少しだけ心が軽くなったように感じた。
「だろ?秋生、また一緒に来ようぜ!」
鵜飼は満足げに笑い、二人は新潟の夜の街を歩きながら、次の楽しみを見つける話で盛り上がった。
新潟でのNagiccoのライブを経験した秋生は、少しずつ心の中に変化が生まれ始めた。それまで抱えていた孤独や虚無感が、ほんの少し和らいだように感じた。何かに熱中する鵜飼の姿を間近で見て、自分もまた、何かに対して情熱を持てるようになりたいという思いが芽生えてきた。
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