第7話 それに比べて
鳥貴族を出た後、秋生は少しひんやりとした夜風を感じながら自転車にまたがった。いつもの帰り道、工場から家へと続く静かな道を、ゆっくりとペダルを漕ぎながら進んでいく。高橋君との話が頭の中で何度も反芻され、その内容がまだ心に引っかかっている。
「ビットコインで利益を…」
秋生はその言葉を何度も反芻する。工場での堅実な仕事が自分の生活の基盤であり、その上に少しずつ積み上げてきたインデックス投資。それはリスクを抑え、確実に資産を増やす手段として自分には最適だと思っていた。そして今でも、秋生は自分の選択が間違っていないと信じている。ゆっくりと、しかし着実に資産を増やしていくことが、彼の性格に合っているのだ。
だが、高橋君の話を聞いた後、どこか心の片隅にうらやましいという感情が芽生えていることに気づいた。彼は若くして大胆な決断をし、ビットコインで大きな利益を手に入れた。それは自分にはない冒険心と機会を掴む勇気の結果だ。秋生はそのことを認めざるを得なかった。
「俺には、ああいうリスクを取るのは向いてない」
と自分に言い聞かせながらも、高橋君が手にした成功と自由をうらやましく思ってしまう自分がいる。それが秋生にとって少し苦い感情だった。
自転車を漕ぎながら、秋生は夜の静けさの中で自分の選択と向き合っていた。彼は、堅実さが自分の強みであり、それが彼の人生を支えていることを知っている。それでも、ふとした瞬間に、他の選択肢があったのではないかという考えが頭をよぎる。
「俺の道はこれでいいんだ」
と再び心の中で自分に言い聞かせながら、秋生は一つの事実を認めた。人は皆、それぞれの道を歩む。高橋君には高橋君の道があり、秋生には秋生の道がある。その違いがあるからこそ、人生は複雑で面白いのだ。
家が見えてきた頃、秋生は自分の心の中で折り合いをつけた。彼の選んだインデックス投資の道も、また一つの正解であり、その道を歩んでいる自分を誇りに思おう。うらやましい気持ちは完全には消えないかもしれないが、それも含めて自分の人生だと静かに受け入れた。
玄関に着き、自転車を停めると、秋生は深く息を吸い込んでから家の中へと足を踏み入れた。いつもの静かな部屋が彼を迎え、また明日から堅実な日常が続いていく。彼はそれでいいのだと、少しだけ笑みを浮かべながら思った。
そんな世の中が変わってしまったのは、あっという間だった。
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