第5話 いやな予感

秋生は金曜日の朝、いつも通り工場に向かっていた。週の終わりということもあり、少しばかりの疲労感が体に残っているが、ルーチンを崩さないように足を踏み出す。工場の入口に着き、いつものようにカードをスキャンして中に入る。工場内は少し活気があり、週末を前にした独特の雰囲気が漂っている。

秋生はロッカールームで作業着に着替え、いつも通りのルーティンをこなし、お昼に食堂に立ち寄ることにした。食堂に入ると、見慣れた顔ぶれがちらほらとテーブルに座っているが、特に目を引いたのは、奥のテーブルに一人で座っている若い後輩の姿だった。

その後輩は25歳の高橋君、入社して6年目の若手だ。秋生は彼のことをよく知っている。入社当初から自信満々で、生意気な態度を見せることが多かったが、仕事に対する情熱は感じられ、彼の成長を秋生も見守ってきた。

しかし、今日は何か様子が違う。高橋君はどこか沈んだ表情をしていて、食堂のざわめきの中で一人だけ浮いているように見える。秋生が自動販売機でコーヒーを買っていると、不意に声をかけられた。

「秋生さん、ちょっといいですか?」

高橋君が少し控えめに声をかけてきた。いつもならもう少し強気な感じで話しかけてくるのに、今日は何か違う。秋生はその変化を感じ取り、

「どうしたんだ?」

と答えながら、高橋君の前の席に腰を下ろした。

「実は…仕事のことでちょっと相談があるんですけど、ここじゃあれなんで、後でお時間もらえませんか?」

高橋君は言葉を選びながら話し始めた。その声にはいつもの生意気なトーンがなく、どこか不安げだ。秋生は彼の表情をじっと見つめながら、少し考え込んだ。後輩がこんな風に話しかけてくるのは珍しいことで、何か深刻な問題を抱えているのではないかと察した。

「分かった。仕事が終わったら少し時間取るよ。それまでに整理しとけよ」

と、秋生は優しく答えた。

高橋君はホッとしたような表情を見せ、軽く頷いた。

「ありがとうございます。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」

と、少し頭を下げてから、食堂を出て行った。

秋生は残されたコーヒーを一口飲みながら、高橋君が一体どんな悩みを抱えているのか、頭の中で考えを巡らせた。彼の様子から察するに、ただの愚痴ではない。何か大きな決断をしようとしているのかもしれないと、秋生は直感的に感じた。

「会社をやめたいって言うんじゃないだろうな…」

秋生はそう思いながら、食堂を後にし、作業に向かう。高橋君との話し合いがどうなるか、少し心配しつつも、彼の悩みをしっかり聞いてやろうと心に決めた

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