第3話 人生の先輩

秋生が午後の作業に戻り、再びラインの監視を始めた頃、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「おい、秋生! 今日も調子はどうだ?」

声の主は、工場で長年働いている年上の同僚、鈴木さんだ。彼は50代後半で、年季の入った作業着を着ている。少し下品なユーモアを交えた話し方が特徴で、若い頃から現場一筋で働いてきたその姿勢は、秋生をはじめ、多くの同僚たちから一目置かれている。

「まあ、いつも通りです。そちらはどうですか?」

と、秋生は微笑みながら返す。

「俺か? 俺はいつも通りバリバリやってるよ。昨日の夜も一杯引っ掛けてから寝たから、今日は元気いっぱいだ!」

鈴木さんはニヤリと笑いながら言う。彼はしばしば、仕事の後に一杯やるのが習慣で、時々その話を誇らしげに秋生に話してくる。秋生はそれを軽く聞き流しながらも、鈴木さんの勤勉さと体力には密かに感心していた。

「でもよ、秋生。お前もそろそろ彼女でも作ったらどうだ? 独り身は寂しいぞ。俺みたいに家に帰れば文句ばっかり言う嫁さんがいるのも、ある意味悪くないもんだぜ。」

鈴木さんは冗談めかして肩をすくめる。

秋生は苦笑しながら、

「そうですね、考えてみますよ。」

と曖昧に答える。彼はこの話題になるといつも同じように流してしまうが、鈴木さんはそれを分かっているかのように、特に深追いはしない。

「まあ、お前は仕事が一番大事だってのは分かってるけどな。でも、時にはちょっと違うことにも目を向けてみるといいぞ。人生ってのは意外と短いもんだからよ。」

鈴木さんはそう言いながら、どこか遠くを見るような表情を見せた。彼の言葉には、長い年月を工場で過ごしてきた者ならではの重みがある。秋生はその言葉に少し考えさせられたが、すぐに作業に意識を戻す。

「さて、俺はそろそろあっちのラインを見に行くわ。また後でな、秋生。」

鈴木さんはそう言うと、軽く手を振って別のエリアへと向かっていった。

秋生は彼の後ろ姿を見送りながら、ふと鈴木さんの言葉が頭に残っていることに気づいた。

「人生は意外と短い」

という言葉が、彼の胸に静かに響いた。いつものように工場の機械音が周囲に響く中で、秋生はほんの少しだけ、自分のこれからのことについて考え始める。

それでも、目の前にある魚肉ソーセージの製造ラインが、彼を現実に引き戻す。秋生は深呼吸を一つして、再び仕事に集中した。

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