第9話 鳥文の腕
例幣使「誰も来んなー。こんな田舎にまで来て余録がないのでは例幣使なんぞやっておられん、フン」
・通行人、ひそひそと。
通行人「見てな、駕籠がゆれるぞ、ほらほら」
通行人「あんなことやって何がお公家さまだ。聞いて呆れるぜ」
・例幣使、自身が乗っている駕籠をわざと揺らせて道に落ちる。
通行人「アッ落っこちた」
通行人「だろう、これから芝居がはじまらーナ。毎年のこった。例幣使じゃなくて例年使だぜ」
・駕籠かきは慌てふためく。
例幣使「これは何じゃ、この駕籠の担ぎ方は何じゃ。乱暴な担ぎ方で落ちたではないか。担ぎ手の落ち度は幕府の落ち度。例幣使は帝のお使い。許されませんぞナ。すぐに役人を呼びなされ」
・みんなアタフタする。
・名主がすっとんでくる。
名主「これはこれは、とんだ不作法をいたしまして」
駕籠かき「おれたちゃ揺すっちゃおりません。乗り手のお偉方が」
・名主、担ぎ手の言を押さえて。
名主「これ、つまらんことをいうな。黙っとれ」
・名主、例幣使に。
名主「お怪我はございませぬか」
例幣使「あるわい。ほら傷だらけじゃ」
・と、朱墨で塗っておいた血の色を見せる。
名主「きょうの御駕籠の担ぎ手は手前どもの村の者、上つ方のお役人に知られてはわたくしどもの恥、どうかこれでお許し願えませぬか」
・名主、懐から小判を出して例幣使の袖に。これが代々伝わる解決法。
例幣使「このくらいで許せとか。例幣使を何と思うておじゃる。帝の使いじゃがナ」
・名主、わざと聞きまちがったふりをして。
名主「いえいえ、貨幣使なんぞとは申しておりませぬ。な、何と」
例幣使「貨幣使だと! ふざけた口を利きやる」
名主「ですから、そのようなことは申しておりませぬと」
・名主、小判をまた出して。
名主「これで何とかお収めを」
・名主の芝居である。
例幣使「ふうー、まったく田舎者はお作法を知らぬで困りまする」
・通行人、その言葉を聞き、小声で。
通行人「何がお作法だィ。駕籠を揺すって脅かすたァ、ゆすりたかりたァよくいったもんだ」
・この光景を向こうで眺めている忠治たち。
・例幣使、駕籠に乗ってまた活動はじめる。
例幣使「相談せんか、相談せんか」
忠治「このごろ面白え芝居を見ねえと思ったが、こんな所に役者が来てたかィ。この大飢饉に何の策もねえ江戸の上つ方もロクでもねえが、上方(かみがた)の上つ方というのは更にロクでもねえ。おっとどっこい、おれたちもロクでなしじゃー引けは取らねえ。三ツ木の文蔵、一つあいさつしてみろ」
文蔵「あっしもね、そうくるんじゃねえかと思ってたんでさ」
円蔵「文蔵、丁寧なオサホウでやるんだぜ」
・文蔵、例幣使の一行に近づいて。
文蔵「お止め願います。ご相談申し上げたき儀これあり、お駕籠お止め願います」
例幣使「おお相談事か。よしよし、いうてみりゃれ。して、入魂金が要ることは承知であろうな」
文蔵「へえ、入魂金というのは相談料のことでんすな」
例幣使「じゃで、相談とは何でおじゃる」
文蔵「この始末のことですがね。どうしたら宜しゅうござんしょ」
・文蔵、布で包んだ鳥文の腕をちらりと見せる。
・例幣使、ビックリ仰天して駕籠から落ちる。そのとき先ほど名主が渡し
た小判が道に散らばる。
文蔵「こちとら駕籠は揺すってはおりませんぜ。駕籠は止まっておりましたからね」
・例幣使、慌てふためいて駕籠かきに。
例幣使「駕籠を、駕籠を早く出さっしゃれ!
円蔵「貨幣使の旦那、駕籠から落ちても銭は払わなくてもいいんですかい」
・忠治一行も、まわりの人たちも、暗雲を吹きはらう晴天の大笑い。
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