第8話 例幣使

          △08 例幣使


     ・国定一家の住処(すみか)。

     ・手下が飛びこんでくる。

手下「てえへんです。土場(どば)荒らしです。鹿安(しかやす)の兄イが斬られやし

   た」

     ・土場は賭場とおなじ意。

忠治「なんだと!」

手下「鳥文(とりぶん)一家です。このごろ忠治の野郎がでけえ顔してるから見せしめ

   だって、いきなり連中が飛び込んで来やがって。スンマセン、忠治の野郎がっ

   てえのはあいつらの言い種で」

忠治「で、鹿安はどうした」

手下「腕一本持っていかれやした」

忠治「鳥文め、おれを狙って来て、かわいい子分を斬りゃーがったか。よし、こう

   なりゃーすぐにでも仕返しだ。どうせいつかはやらなきゃならねえ相手。二

   足の草鞋はきゃーがってお上とつるんでロクなことはことはしねえ。おい、

   てめえたち支度しろィ」

     ・子分ら、口々に。

子分ら「合点でえ」

円蔵「浅、槍は短けえのにしろ。うちんなかへ踏み込む。長えのは振りまわせねえ」

浅次郎「抜かりはねえや」

忠治「円蔵、おめえは念のため短筒(たんづつ)持ってけ。鳥文がガタガタしつこかっ

   たらぶちぬけ」

円蔵「親分の長脇差をよごさしちゃなんねえ。久しぶりにあっしが先陣をきりまさ

   ァ」

     ・子分ら、口々に。

子分ら「円蔵兄イに遅れをとるな。行くぜ」

     ・国定一家は鳥文一家に殴りこむ。切った張ったの末、鳥文の親分は殺

      される。鳥文の子分らはバランバランに逃げる。

     ・仕返し成って悠々と街なかの往還(おうかん)を帰る忠治と子分ら。

     ・向こうから日光例幣使(れいへいし)の一団が我鳴(がな)りながら来る。

     ・例幣とは例年の幣帛(へいはく)のこと。幣帛とは神に献上する物。幣は

      御手座(みてぐら)、貢ぎ物の意。帛は絹織物の総称。

     ・例幣使とはその貢ぎ物(例幣)を届ける使いのこと。江戸期はとくに

      日光東照宮へ派遣される者を例幣使といった。例幣使が通る道を(日

      光)例幣使街道といい、大名なども通り賑わいを見せた。

     ・例幣使は京都を発して中山道を通り倉賀野宿(高崎市)の追分(おいわ

      け)(分岐)へ達する。例幣使街道はこの倉賀野からはじまる。

     ・例幣使街道は、倉賀野から関のある五料宿(群馬玉村街)、柴宿(群

      馬伊勢崎)、太田宿(群馬太田)を通り、八木宿(栃木足利)から栃

      木に入り、栃木宿(栃木栃木)などを経て楡木宿(栃木鹿沼)の追分

      で壬生通り=日光西街道と合流し、文挟宿(栃木日光)で日光に入り、

      今市宿から日光東照宮に至る。

     ・例幣使を載せた籠の駕籠舁(か)きどもが声をあげる。

駕籠かき「相談せんか、相談せんか」

     ・ときおり、その掛け声が調子に乗ってくる。

駕籠かき「相談ソーダン、何はともあれ相談だー」

駕籠かき「相談なんだ、何でもござれ、相談相談ダンダカダー」

駕籠かき「入魂(じっこん)入魂、入魂するぞ。相談相談入魂コン。早よこよ、早よこ

   よ、早ようーー来い」

     ・入魂というのは口添えすること。朝廷の使いである例幣使に頼めば、

      役人にでも誰にでも口添えしてやるという似非(えせ)コンサルタント業

      をはじめて、酒代をせしめようという魂胆である。

     ・日光例幣使は、故祖父家康が東照大権現という神号を以って祀られて

      いる日光東照宮に対して朝廷が幣帛を供えてほしいという孫である将

      軍家光の要請をうけてはじまった。以来、毎年行われるようになった。

     ・国定村のあたりは例幣使街道にあたる。

     ・例幣行事は貧乏な公家にとって、似非コンサルタント業はいい小遣い

      稼ぎだった。しかし、入魂金(口添料)の名目でゆすりたかりを公然と

      おこなうようになったので、誰も相談事を持ちこまなくなった。する

      と例幣使は駕籠からわざと落ちて、その責任を関係者にとらせて銭を

      ふんだくるという新手(あらて)を生みだす。

     ・例幣使、駕籠に揺られながらあたりをキョロキョロ。

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