第7話 若者
△07 若者
・語りあるいは文字で。語りも文字も、背景は吹きすさぶ荒野。
・ここでは語り(ナレーション)としておく。
語り「忠治は門座(もんざ)と呼ばれた親分から盃をもらって任侠の世界に入った。い
まはその門座親分も死んで、博徒の貸元になり小さいながら国定一家をかまえ
ている」
・草心寺の立ちまわりから居所にもどった忠治が何事もなかったかのよ
うに訊く。
忠治「代貸(だいがし)、ゆんべの稼ぎはどうだったい」
・代貸の秀吉(ひでよし)が得意そうに報告する。
秀吉「このところ悪い日がねえ。たんまりですぜ。三ツ木(みつぎ)の文蔵(ぶんぞう)
にサイコロ振らせりゃ面白えように駒札が動くんだから、あいつはすげえや」
忠治「取れるやつからは遠慮なく取るがいいさ。承知で来るんだ」
円蔵「このところ大前田の親分さんでさえ、国定のォ国定のォと声かけてくるんだ
から、大した親分になったもんだい」
浅次郎「そうよ」
・一つマをおいて。
浅次郎「だってーのに、何で十手をあずからねえんです親分。そうすりゃーハエのよ
うな岡っ引きの一匹や二匹に、あっしらも威張られずすむんですがねえ」
・軽い吐息をつく忠治。
忠治「浅、これはおめえの叔父御(おじご)の勘助親分のことをいうんじゃねえ。勘助
どんは別だ。そこをわきまえて聞いてくれ。八州廻りの道案内人は十手を持っ
てゆすりたかり、賭場(とば)ひらいて素人衆を泣かしていい気になってる。お
れがそんな二足の草鞋、履けると思うか。おれは悪党一本だ。それとも何か、
おれに十手を持ってもう一つ草鞋を履けって説教たれるかい」
浅次郎「勘弁してくだせえ。おじきがこのまえ、忠治親分みてえな人が十手仲間に
なってくれればといってたもんで」
忠治「勘助親分は隣村でやくざもんに追い込まれてたときに、おれがちょっとだけ
助けたもんだから、それを恩に着てるんだろ。あんなの大したことじゃーね
え。おめえ伝えときな、遠慮せずにおれを追ってもらっていいんだと。その
代わりそんときはこっちも勘助どんとは思わねえ。お上の手下として思いき
り切った張ったさせてもらうよ」
浅次郎「あっしにはそんなこと告げられねえです」
・そのとき戸口に人の気配がして、円蔵が出てゆく。
・誰かと話す円蔵のうしろ姿。
・円蔵がやや困ったような顔をして戻ってくる。
円蔵「親分、へんな野郎が飛びこんできやした」
・円蔵が戸口に突っ立ている若者にあごをしゃくる。
円蔵「おいおめえ、自分でいってみな」
・若者は「へえ」とか応答して入ってくる。
・若者、まじめそうな。
若者「忠治親分、子分に……してもらいたんです、お願いします」
忠治「――だとさ、円蔵、どうするィ」
円蔵「若えの、おめえさん、何かの悔しまぎれに来たんだろうが、博奕(ばくち)稼業
は最後は畳の上じゃ死ねねえんだぜ、昔なじみだって親戚だってときに刺さな
きゃーならねえことがある。できまいよ」
若者「できます、何だってやりまさァ。おらー村役人に仕返ししてえんです」
忠治「どうせそんなことだろうと思った。分かった、秀吉、そこの九寸五分(くすん
ごぶ)貸してやんな」
・九寸五分とは短刀、匕首(あいくち)のこと。29センチほど。
・秀吉、若者の前に匕首を置く。
忠治「それでまず村役人を刺してこい。したら手下に取ってやらあ。子分なんざ早
すぎる」
若者「いきなり刺して来るんですか」
忠治「いきなりはねえだろ。おめえが仕返ししてえっていい出したんだぜ。まず一
人で行ってこい」
・子分ら苦笑いをしながら事態を見つめる。
・若者は困惑してうつむく。
忠治「円蔵、あとはいつものとおり頼まあ」
円蔵「分かりやした。おい若えの、立て」
・国定一家の軍師、日光の円蔵が若者にあごをしゃくって外に出る。若
者びくびくして落ちつかない。
・二人きりになったところで円蔵は一両を渡す。
円蔵「忠治親分からだ、取っときな。あそこはおめえのようなまっちょうじきな若
いのが来るとこじゃねえ。いっときの悔しまぎれで一生を棒に振るな。この
カネで親に旨い物くわして、泥だらけになって働くんだ。泥くせえってこと
が尊いんだぞ。おっとこりゃー半可者(はんかもん)がいう台詞じゃねえや。二
度と来るんじゃねえぞ」
・若者、キツネにつままれたような頓狂な表情。
・円蔵の背中を見送りながら。
若者「やっぱり忠治親分てな……」
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