第6話 忠治
・油屋と蝋屋、岡っ引きの伊蔵の3人が捨て台詞を吐いて帰りかける。
・そのとき、その前を一人の男がふさいで忠治の登場。
忠治「油屋に蝋屋、それに八州廻りの権威を笠にきた二足の草鞋め、利いたふうをぬかしゃあがって傍ら痛え。自然和尚はおれたちが餓鬼の頃から寺子屋で世話になってる宝物みてえな人だ。ちっぽけな仏さまのこと、質素な飾り、いまの話はちいせえ頃から聞いていて檀家の者ならみんな承知よ。それを夜な夜な何だと、拵えごとで和尚さまを追いつめようたァ根性が汚ねえ。和尚が日が落ちてから出かけるのはナ」
・傍ら痛え;片腹痛いは当て字。
自然「忠治、よせ、やめてくれ」
忠治「和尚さま、こんな連中の拵えごとだって、百遍もいわれりゃホントになっちまいまさァ。やい油蝋(アブロー)、やりてえ放題の商売をしているおまえさんたちには勿体ないような話を聞かせてやらー。和尚がな」
自然「忠治やめろ。いいのだ。つまらんことをいうな」
・が、忠治はやめない。
忠治「和尚さまが日暮れて出かけてゆくのは人助けだ。ほかの寺の檀家で食う物に困っている家がある。親が死んでも弔いも出せねえ。そっちの寺は貧乏人は相手にしたくねえって寺だ。でも昼間から自分が行っちゃーそっちの寺に恥をかかせるからと気遣って日暮れてから出かけてるんだヨ。寝ぼけまなこめ、どこを見てやがる」
・伊蔵が待ちかねてほえる。
伊蔵「おめえのいうことなんぞ誰が信じる。それこそ拵えごとだろう。忠治、探していたがおめえから出てくりゃ手間がはぶけた、この十手(じって)がいいわたす。一緒にこい。ロクでもねえことをいいふらす罪で手をうしろにまわしてやらー」
忠治「二足の草鞋たァよくいったもんだぜ。関東取締出役、八州廻りの道案内として十手をあずかかっておきながら、もう一方では傍らにいなさるお偉方と手をくんで悪巧みに加担する。それにな伊蔵親分、おまえさん、あの食うに困った家へ行って娘を手込めにしようとしたというじゃねえか。娘が和尚さまのところへ駆けこんで、ぜんぶバレてるんだよ」
・伊蔵は思わぬことを顕わにされて一瞬目をふせたが、すぐに平気をよそ
おって。
伊蔵「莫迦をいうな。つべこべいわずにこの十手に直れ」
・蝋屋も武張ったいいかたで助勢する。
蝋屋「忠治というのか。おまえさん、若いうちにお上に楯突くことを覚えるとロクなことはないよ。世の中なんて、そんなまっちょうじきにゃー出来てないんだ。うちの組合で用心棒として雇ってやってもいいぞ」
忠治「ふん、開き直るか。それならついでにいってやる。さっきおまえさんたち3人でひそひそ話をしていたのを仏さまが聞いていたんだ。おまえさんたちゃ職人をまきこんで御法度の賭け事していて、火が出るのを見逃したっていってたじゃねえか。おれがいうんじゃねえ、さっきおめえさんらの口が白状したのを聞いていたのよ。火消しが飛び込もうとしたら中の様子を見られちゃオオゴトだと入れなかった。そんなことをしているうち火事が拡がったんだろ。ヤイてめえらこそ十手にかかりゃーがれ」
・伊蔵の手込め事件を顕わにされたうえに、油屋蝋屋の悪事までおおっ
ぴらにされて、3人は立ちすくむ。
・油屋がおめく。
油屋「親分、早く何とかしてくださいな。こんなことをいわれて黙って帰るわけにはいきませんや」
伊蔵「忠治、縄にかかれ」
・伊蔵がやけっぱちになって十手を突きだす。
・伊蔵と忠治の大立ちまわり。忠治が伊蔵を一度は押したおしたが、油屋
蝋屋組の手下が加勢して、忠治は逆に組みしかれる。忠治は窮鼠になっ
て懐の短刀を抜きはらう。切っ先が伊蔵の首にふれる。血が吹いて伊蔵
がくずれる。
・誰かがおめく。
誰か「ひとごろし!」
・呆然とする忠治。こんな筈ではなかった、そんな思いが身体じゅうを
かけめぐる。
・忠治はその場から逃走する。
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