第5話 布施
・油屋、蝋屋、岡っ引きの伊蔵、3人が本堂前にもどる。
・和尚は被害者の世話をやいている。
油屋「和尚さん、わたくしどもは伊蔵親分が別の寝床を世話してくださるというので、これで失礼しますよ」
自然「そうですか、ふだんなら何ンなんですが、きょうばかりは特別にして差しあげ られなくて」
油屋「いいんですよ。お布施が多かろうが少なかろうがおんなしに扱う。それが和尚さまの信条ですから」
・油屋がそういって歩きかけたとき、蝋屋がひょいと自然和尚のほうに
ふりむいて。
蝋屋「一つだけ伺っておきましょう。どうもこのお寺ではお布施の使い方がよく見えない。油屋さんも手前どもも菩提寺が貧乏くさくては世間体がわるいからと相当お布施を積ませてもらっております。しかし仏さまはちっぽけなまま、飾り付けなども見すぼらしくて、お布施は一体どこに消えちまったんでござんすかねえ」
・それに油屋もくいついて。
油屋「そういえば、方丈さまの住む庫裏はかなり立派になりましたな。あんな立派になってしまっちゃー方丈さんと名のるのが気恥ずかしかないですか。こんなことがつづくようでは檀家としても」
・方丈とは四畳半の部屋のことで身を正し質素に生きている住職のこと
もいう。
・庫裏とは寺従事者の生活の場のこと。
自然「そのことならいつでも申し上げることができます。村のみなさんがおりますからちょうどいい、一緒に聞いてもらいましょう」
・自然は端然としている。
自然「仏さまはご自身が立派な像になることを欲しておられません、ですからちっぽけなままです。寺の装飾は仕合わせな浄土をあらわす一つかも知れませんが、仕合わせは煌(きら)びやかでなくてもよいのです。寺の建物だって本来信心とは関係ありません。しかし今回のような災害で多くの人を受けいれるために、地震でもくずれない堅牢な建物が必要です。柱や梁が立派なのはそのためで、それは寺の権威を示すためではないのです。ですからその分の費用としてちゃんと蓄えております」
蝋屋「へん。お釈迦さまだって元々は人間だ、立派な像に仕立てて欲しいんじゃありませんか。御託(ごたく)はともかく、ふだん和尚の家族がいる庫裏が立派なのは、仏さまに仕える身としておかしかねえですかい」
自然「わたくしどもは質素な暮らしをしております。庫裏はこのたびのようなときに皆さんの煮炊きをする大事な場所になります。過去帳など大事な文書(もんじょ)もあります。よって堅固に造ってあります」
・油屋と蝋屋が拍手して負けたという素振りをつくる。
油屋「お説教では和尚さまに敵いません。だいいち堅固な本堂を造るためにカネを蓄えてあるとおっしゃるが、話ばかりで本当かどうか怪しいもので。夜な夜な出歩いているという噂もあって、どこかに女でも囲っちゃいませんか」
自然「莫迦な」
油屋「まあよいでしょう。カネのことはあとで親分さんに調べてもらえば分かりますし、いよいよとなったらば八州廻りのお偉方にお出ましいただけばいいわけで」
蝋屋「そういうわけですナ」
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