第4話 ひそひそ話
・そこに伊蔵が割って入る。伊藏は旦那衆と自然和尚との話にはかかわ
らず、左手をあごに持っていって。
伊蔵「それにしても」
・と、口をまげる。
伊蔵「大事な一番小屋が吹きとんで、蝋屋さんのほうに火がまわっちまって」
蝋屋「なーに、油屋さんがおっしゃるように小屋の一つくらい吹き飛んだって、また建てればすむことで。何十人かが死んだとか油をかぶったとかがいるようだが、そういう者の家(うち)には銭(ぜに)を投げてやれば収まりましょう。すべては銭です銭。ご住職のところだって葬式で儲かるじゃないですか」
・蝋屋が自然を見てニヤリとする。
自然「そんな、このようなときに」
蝋屋「和尚さまとしては、カネがほしいとはあからさまにはいえませんわナ。でね、すでにご存じでしょうが養金寺(ようこんじ)さんなんぞでは貧乏人は相手にしないと端(はな)からいってますヨ」
自然「まだやることがございますので」
・自然はそういってその場から離れる。
・自然和尚がいなくなったのを確かめて、油屋が伊蔵に。
油屋「親分、ちょっと」
・と伊蔵をさそい、蝋屋に目くばせする。
・3人で離れた所へ行く。
油屋「伊蔵の親分、忠治って飛びはね野郎がかぎまわっているということですが、そのへん、お上のほうもよろしくお願いします」
伊蔵「勿論でさ、旦那方には八州廻りのお役人方が何やかやとお世話になっておりますから、むずかしいことはいいませんわ」
・そこで目つきをいやらしくゆがませて。
伊藏「紅葉(もみじ)色した硬い煎餅の一箱も遊ばしてくだされば。このもみじ葉は秋でなくともモミモミ/モミジ」
・伊蔵はそういって口の端を下品にひんまげてニヤリ。
・蝋屋も同様に下品にニヤリ。
蝋屋「無論です。親分にもね。ね油屋さん」
・油屋もうなずく。
・伊蔵がちょっと真剣な顔を作って、二人の顔を見ながら。
伊蔵「このたびの小屋火事、本当のところ何も落ち度はないんでござんしょ」
・油屋が顔をゆがめる。
油屋「それが親分、ちょっとまずいんですよ。私と蝋屋さんで人をあつめて賭け事をしてましてね、私んとこの倉庫で。火の番がおろそかになっちゃって。じつは内緒ですがお役人から預かった火薬庫もそばにありましてネ。その小屋に火が移っちまったもんですから大ごとに。その火が隣り合わせの蝋屋さんの倉庫にも飛んじまって。こんな事がバレたら。で、そのへんを何とか親分」
・油屋がおがむ恰好をする。
・伊蔵が片手を横に軽くふって。
伊蔵「お上の火薬庫があったとなれば、あっしにはちょいと荷が重すぎますが、お上側にしたって表に出ちゃー困る話ってことだ。起こってしまったものは仕方ござんせん。あとは始末のつけようで」
・油屋は胸をなでおろす。
・が、蝋屋は表情をゆるめない。
蝋屋「親分、それとあの和尚、どうも曲者ですな。ちょいと締めておいたほうが」
・伊蔵は困惑気味に。
伊蔵「和尚を、ですかい」
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