第3話 油屋と蝋屋
・油屋や蝋屋(ろうや)の倉庫群が、爆発して黒煙をあげている。その光景
が大きな沼のむこうに遠景として見える。
・陽炎のようにゆらゆらと揺れて見える人々。右往左往する人々の姿。
・人間の絶叫、牛馬羊の咆哮、鳥たちの鳴きしきる声々。
・国定村の草心寺(そうしんじ)に油屋問屋と蝋屋問屋の主や、その関係者
が避難してくる。住職の自然(じねん)和尚がねぎらう。
自然「これは油屋に蝋屋の旦那さま方、このたびはとんだことで、さあサ本堂へ」
油屋「しばらく厄介になりますよ。こういうときのためにお布施をたんまり納めているんだからねえ」
自然「お布施だなんて話はやめておきましょう。こういう災難のときはどなたでも受けいれます、それが仏さまの」
蝋屋「和尚さん、仏の教えはいいんだが、誰でも受けいれるってことは今夜わたしどもは汗臭い百姓と一緒かい」
自然「こういうときは相身互い、我慢を願いまして」
蝋屋「その我慢が厭だからお布施を積んできたんじゃ。これじゃ何にもならない」
・油屋と蝋屋は憤懣やるかたなし。
・そこへ関東取締出役(しゅつやく)(デヤクとも)、いわゆる八州廻りの
道案内をつとめる岡っ引きの伊蔵が来る。
・岡っ引きと目明かしについて。両者とも非公認の手先。岡っ引きは与
力や同心の詩的な使用人だったといわれ、目明かしは関八州の配下を
いったともいわれるが、要するに両者とも非公認の補助員である。こ
の補助員は罪人であった者を解き放して手先として用いた。悪い事で
つかまった者は悪事仲間の事情に通じているからだった。
伊蔵「これは油屋と蝋屋の大旦那さま、このたびはとんだことで」
・と、お調子をくれてから自然に訊く。
伊蔵「ご住職、忠治って飛びはねた野郎はこなかったですかい」
自然「忠治がどうかしましたか」
伊蔵「生意気な野郎で、油屋さんとこの一番小屋が爆発したのは番人がいいかげんなことをしていたからじゃないかと、職人どもに訊きまわってるらしーんで。油屋組合と蝋屋組合は手を組んで日ごろから荒稼ぎをしているからとか何とか……まったく――お上(かみ)の領分に顔を突っこみゃがって」
・油屋が苦虫をかみつぶしたような表情を作って。
油屋「この大変にいいかげんな触れこみをされちゃー、この村の人たちには油も蝋燭も売ってやれなくなりますナ。里山はぜんぶわたくしどの所有ですヨ。薪だって拾えませんよ。そしたら村々はメシは炊けない、夜は真っ暗、それでようござんすか」
・油屋はそういってそこにいる人たちを睨めまわす。
・人々は怯えて肩をちぢめ下を向く。
油屋「わたくしどもは関東一円に販路を持っておりますから、薪小屋や火薬小屋の一つや二つ燃えたってどうということはござんせん。だいたいお上から仰せつかって仕事をしているんですから」
・蝋屋も口をとがらせて。
蝋屋「誰も過ちをしたくて起こす人はいませんよ。こういうときは相身互い、誰が悪いの何が悪いのと騒がないことが身のためです」
自然「相身互いでございましょう。ですから旦那様方も」
・油屋が憤然として。
油屋「それとこれとは訳がちがいます、和尚さん」
・蝋屋も憤然とした表情をつくる。
・自然和尚は困った顔になる。非難してきた村人たちが気になり、目を
村人らのほうに向けたり、難癖をつける旦那衆に気づかいの視線をお
くったりして、心がゆれている。
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