第2話 1810年文化7年
・ここから、お徳に代わって、七ちゃん登場。
・ショパン「革命のエチュード」が流れる。
七雄「才能のない賢い諸君にも、これがフレデリック・ショパンだってことくらいは分かるだろ。ピアノの詩人ショパンの『革命のエチュード』だ。なに、ピアノの詩人なんていうけれど要するにショパンは歌謡曲なんだよ歌謡曲。「襟裳岬」や「赤城越え」とおんなじ。だから緊張して聴くこたァねえんだ」
・後ろの席から声がとぶ。
生徒「誰も緊張してませーん。センセーひとり汗かいてるだけでーす」
・クラスにウフフの細波がおきる。
・別の生徒もいう。
生徒「センセー、アカギごえじゃなくて、アマギ越えじゃないですか」
・クラスじゅうがドッとの大笑い。
・しかし七雄は頓着しない。
七雄「ショパンは1810年、ポーランドで生まれたのだが、ショパンの才能を発見して世に知らしめたのが、おなじ1810年ドイツで生まれたシューマンだ。シューマンってやつはね、文才もあって音楽雑誌に『諸君、脱帽したまえ、天才があらわれた』と投稿してやったんだ。だから私はシューマンってやつが好きなんだ」
・誰かがいう。
誰か「七ちゃん、やつなんていいますけど親戚なんですか」
・クラスにまたウフフの細波。
七雄「そう思ってもらって差し支えない」
誰か「差し支えありまーす」
・ウフフがウワッハハハに変転し教室がゆれる。
・七雄は凹(へこ)たれない。
七雄「シューマンもショパンも1810年生まれ。日本でいうと文化7年。あと60年弱で明治維新という時代だ。そこでだ、そこで1810年文化7年、この土地で生まれた有名な人物がいる、さあ誰だんべえな」
・斜め前の生徒がふりむいてお徳に訊く。
生徒「そんな昔の、オラがとこの有名人、お徳、分かる?」
お徳「大学受験に出る、それ」
生徒「出ないと思う」
お徳「じゃー分かるわけないじゃーん。だいたいサ、この町に有名人なんているゥ?」
・七雄が呆れたように。
七雄「まったくナ、おまえらときたら、ろくに勉強せんくせに、すぐに、『受験に出る、出る?』だ。大学受験なんて瞬間風速だ。地力(じりき)をつけろ」
・クラス/プレジデント(学級委員長)が返す。
プレジデント「瞬間風速だっていっても、そこで風倒木になったら人生アウトでしょう」
七雄「レディー/プレジデント、きょうはその話に乗らない。誰か1810年生まれの、この土地の有名人、ショパンやシューマンと同級生、知らんか」
・七雄がクラスの東西南北を見わたして。
七雄「誰も分からんか」
・七雄が諦めかけたとき、机にうっぷして寝ていた孤高のコーちゃんが手
をあげて、うっぷしたままいう。
孤高「Chuji! ミスター、クニサダ・チュージ!」
七雄「そのとおーり」
・クラスの声(みんなが口々に)
声声「さすが孤高のコーちゃん」
声声「あたしなんざ、起きてたって分かんねえのにサ」
声声「出来がちがうぞな、もし」
・ハチャメチャなクラスに見えるが、けっこう優秀で、群を好まない孤高
のコーちゃんを仲間はずれにするような生徒はいない。というより、ど
こか一目置くところがある。
・ふたたび、お徳と小町のシーン。
お徳「七雄がね、調子に乗っちゃってサ、語るのよ」
小町「語る騙(かた)るのカタルシスか」
・ふふたび七雄に戻って。
七雄「映画なら、ここで『the 忠治』とか『忠治のバラード』なんていうタイトルロール。つづいて幼い頃の忠治が寺子屋に通う光景。そこにナレーションがかぶさるって寸法だ」
プレジデント「よッ、七雄シネマ」
七雄「あんがとヨ、レディー/プレジデント」
・七雄はそう答えて、ナレーター風に。
七雄「1810年、上野(こうずけ)のくに国定村で他に類を見ない侠客・国定忠治が生まれた。おない年、備中のくにで蘭方医・緒方洪庵が生まれる。緒方もまたシューマンのように人物を見ぬく男だった。1810年、シューマン、ショパン、国定忠治、緒方洪庵、4人の傑物がこの世に誕生した」
・このときには音楽はやんでいる。病んでいる?かも知れない。
・お急ぎでない方は、小泉文夫著『音楽の根源にあるもの』(平凡社・
1994年)の「カリブー・エスキモーと鯨エスキモーにみるリズム感
の違い」(p.179~)と「共同社会におけるリズムのあり方」(p.182
~)のところをどうぞ。
・4人の生没;
・シューマン;1810-56、47歳。
・ショパン ;1810-49、40歳。
・国定忠治 ;1810-50、41歳。
・緒方洪庵 ;1810-63、54歳。
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