第二十七話 二人の科学者


 ヴィオラインとクネイ博士は元々、同輩のようなものだったそうだ。

 合星国が注力していた事業の一つには、惑星のテラフォーミングがあったそうで、とある惑星開発の責任者になったのが、二人の科学者だった。


 片や、メカニカ・ルーツの人権獲得に際し、多大な貢献を見せた電子工学の天才。

 片や、遺伝子治療や合星国の医療技術に、多大な影響を与えた生物学の天才。

 今やそんな、二人の天才の存在を知るのは、とある事件の当事者だけなのだという。


 二人の天才はまずはそれぞれの方法で、その惑星に生物を定着させようとした。

 クネイ博士はロボットたちに惑星上の岩を砕かせ、有機物と混合することによって土壌作りを試みた。

 対してヴィオラインは、惑星外から直接有機物と生物を持ち込み、惑星に適合させようとした。


 一件手っ取り早く見えたヴィオラインの手法は想定外の難航を極めた。

 その惑星の大気には足りない物質が多すぎたのだ。

 ヴィオラインが用意したあらゆる生物が、不安定な環境に適応できず、死んでいった。


 対して一件悠長に思えたクネイ博士の作戦は、一歩一歩着実な進歩を見せた。

 まず生物に適した環境作りを、無生物のロボットに任せる手法は消極的ながらも、世間の目には、着実な進捗に見えたのだそうだ。

 結果的に先行して成果を上げたクネイ博士は、合星国にも注目されることとなった。


 そうした流れの中、合星国はクネイ博士を惑星開発の広告塔に仕立て上げ、先行して様々な事業を試み始めた。

 先行して入植者の募集を始めたり、各種企業名義の研究所を乱立させたり。

 合星国の人々は、全員が浮かれ始めていた。

 時代の潮流に取り残されたただ一人の男、ヴィオラインを除いて。


 だが、問題は起きた。

 クネイ博士が用意していたロボットたちが、突如として反乱し、研究者並びに入植者たちを襲い始めたのだ。


 結局、今に至るまで問題は究明されていないが、結果として犠牲は大きなものになった。

 先行して惑星に根付こうとしていた入植者に、各企業が派遣した肩書だけの研究者、そして何より、合星国のプロジェクトメンバーたち。

 そのほとんどが、惑星を覆いつくしていたロボットたちを前に、命を落としていった。


 そしてその光景を、バイン先輩はずっと目の前で見ていたのだという。


「詳細な記録は残ってないから、詳しいことは言えないが」

「それ以上聞きたくないわ」


 どうせ、クネイ博士が責任を取って辞職しただとか。

 そこを保護艦隊が拾っただとか、そういうことなのだろう。


 そうしてヴィオラインがやさぐれただとか。

 そこから復讐に走っただとか。

 予想が付くようなことを、わざわざ聞く必要はない。


 だが一つ確からしいのは、僕が昔やっていたのはその反乱の後始末だったということか。

 おそらくは、バイン先輩も僕の近くかどこかで、同じような後始末に奔走していたのかもしれない。

 もしかすると、僕らはずっと前に、どこかで出会っていた可能性だってある。


「まあ、俺がヴィオラインの研究について、ある程度知っているのはそういうわけだが……おそらく、その惑星については、お前たちの方が詳しいのだろうな」

「そうよ。私は当事者だもの」

「……僕も当事者ですよ。途中からではありますが」


 僕がそう言うとネネ先輩はこちらに目線を向けてきた。

 心なしか、やっぱりねといった表情をしている気がする。

 おそらくは、少しの誤解を孕んでいる表情だ。


「えっと、ネネ先輩、僕は……」

「鹵獲兵器だったんでしょ? クリスタから聞いてるわ」

「あ……そうですか」


 そうか。クリスタさんも説明してくれていたのか。

 月軌道監察艦のカフェで別れてから、そこまで時間は経っていないはずだけれど。

 あの人も中々のお人好しだな。

 あるいは、心配をかけてしまっているだけかもしれないけど。


「ともあれ、例の物の受け渡しが済んで、説明も済んだなら、要件は終わりだ」

「どうも。もちろん、交通費は支給してくれるのよね?」

「……まあ、いいだろう」


 ははは……バイン先輩にはいつも奢ってもらってばっかりだな。

 とはいえ、今日は飲み食いしていないから許してほしい。

 いつもは頼むドリンクバーだって、我慢してみせたのだからね。


「会計はこれで済ませてくれ。進捗があったら、後で報告する」


 そう言って、バイン先輩はテーブル上に1万円札を一枚置いて席を立った。

 おそらくはこの中に、交通費も含まれているのだろう。

 先輩が注文したのは、グラスのワインと辛めのチキンだけだからね。


「……なかなか、気のいい人ね」

「僕は、物凄く先輩に恵まれていますからね」

「ふっ、そうね」


 さて、ずっと四人掛けの片側に詰めているのも迷惑だろう。

 ましてや三人がかりで、碌に注文していないわけだからね。

 ここから何かを注文してもいいけれど、せっかくの機会だ。


「ネネ先輩」

「なにかしら」


 ネネ先輩が、受け入れてくれるかどうかはわからないけれど。

 聞いてみる価値は、あると思うんだ。


「せっかく京都に来たんですから……どこか、遊びに行きませんか?」

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