第二十六話 情報源

 ぱしゃりという水音と、顔面に冷水を浴びせられたような感覚で目を覚ます。

 目を開けてみると、実際目の前に何かが滴っていた。

 それは妖しく赤い光を放つ……ワインだこれ。


「さて、クラリも目を覚ましたことだし」

「もうちょっと別の方法ありませんでした?」

「これが一番早いと思った」


 店員さんが見ていなかったからよかったものを。

 何かの間違いで通報されたらどうするつもりだったんだ。

 まだ色が薄いからいいけど、ぱっと見殺人現場に見えなくもないぞ。

 というか飲み物を粗末にしないでください。


「本当にごめんなさい……つい反射的に」

「大丈夫です。生きてるので」

「手加減はしたんだけど……」

「いや、結構ギリギリでしたね」


 人間が失神する威力なら運次第で死んでそうなんだよな。

 まあ仮にそうなったとしても、適切な処置を施してくれれば蘇生できるだろうけど。

 合星国の医療技術は銀河一だからね。

 公的にはこの銀河に合星国以外の国は存在しないハズだから間違いない。


「さて、話を戻そう」

「ええ、そうね」


 真面目な話の流れに戻ったようなので、僕も顔をフキンで拭きながら姿勢を整える。

 スパイスでも足されていたのか、少しだけ肌がピリピリするな。

 辛口ワインってやつなんだろうか。

 ともあれ、今は真面目な話に集中しよう。


「俺はヴァイリー……つまりヴィオラインの弟だと言ったが、元々親睦が深かったわけではなくてな」

「そうなの?」

「ああ。だから、彼についての情報は、人づてのものになる」

「ちょっと待って、人づてって誰から? 彼の情報は、保護艦隊のデータベースにもろくに記されていないのよ?」


 クリスタさんによれば、ヴィオラインのルーツは不明って話だったっけ。

 確かに、バイン先輩がそこまで知っているというのはなかなか不可解だ。

 身内の繋がりがあるわけでもなさそうだし。

 正直、生半可な情報源を提示されたところで、あんまり信用できないというのが正直なところなんだけれど……


「俺の情報源は、クネイ博士だ」


 その言葉で、ネネ先輩が表情を険しくしたのが分かった。

 いや、ネネ先輩だけではない。

 僕の方も、はたから見れば威圧感を放ってしまっているかもしれない。


 そんな緊張感のせいか、バイン先輩が既に空っぽになったワイングラスに手を伸ばしかけて、やめたのが見えた。

 だが、そうもなろうというものだ。


「オペレーターになる前、俺は元々科学者だったんだが、師事していたのが、クネイ博士でな」

「そんな話聞いたことないけど……」

「……保護艦隊外での話だ」


 そんな説明を受けても、相変わらずネネ先輩は疑いの目を止めていない。

 正直、僕も同じ気持ちだ。

 僕はクネイ博士のことは人づてにしか聞いていないけれど、ネネ先輩はそうじゃないだろう。


「まあ、信じられないというならそれでもいいが」

「ええ。でも話は聞かせて頂戴」


 そんな空気の中、バイン先輩によって、ヴィオラインの過去が明かされることとなった。

 あるいは、僕にとっては初めてとなる、クネイ博士の過去も。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る