第十八話 ハンドアウト・オープン


 エレベーターでビルを降りながら、クリスタさんが話をしてくれた。


「ヤツは保護艦隊指定敵性外星人のヴィオライン。種別ルーツは不明ですが、数多くの新興文明を恐怖の渦に陥れた犯罪組織、ボンド・オブ・バイオのリーダーあることには間違いありません」


 その組織は、究極の生命体への進化という名目の元、特殊なウイルスを用いて、不正な遺伝子組み換えを試み続けていたらしい。それも自分たちだけではなく、一般人をも実験体にして。


 今までにいくつもの惑星を襲撃している中で、地球の何かが気に入ったのか、ヴィオラインはここ数年、地球上に潜伏して、民間人にも被害を出していたのだそうだ。


「保護艦隊は幾度も彼らの掃討を試みました。その一つが、奈良県周辺にヴィオラインが姿を現した際に行われた、掃討作戦です」


 奈良県周辺を担当する全てのエージェントが参加した、異例の大規模作戦。その指揮をとっていたのは、クリスタさんだったのだという。


「私たちは敵のアジトを突き止め、突入し、実際に遺伝子組み換えによって強化された、構成員のうち、ほとんどを排除することに成功しました」

「ヴィオラインを除いて、ですか」

「……はい。その通りです」


 そして、生き残ったヴィオラインは、とんでもなく強引な策に出た。


「アジトを含めた周辺一帯へのウイルス散布。それがヴィオラインの奥の手でした。半ば自爆のような形で行われた大規模汚染によって、周辺一帯の生物はもちろん、その場にいた保護艦隊エージェントは全員、ヤツの開発したウイルスに感染してしまったのです」


 肌が爛れたように腐り落ちるようになり、脳にまで浸食してその知能を低下させ、時間をかけて死に至らしめる、極めて非人道的なウイルス兵器。


「保護艦隊は、どうにか彼らを救えないかと試みました。衛星軌道上からの万能薬散布。逆テレポーターによる迅速なクリニックへの誘導、一時的に免疫力の高い細胞に変質させる、合星国側の遺伝子組み換え技術」


 つまりは、合星国が持つ全ての技術を結集して。


「しかしながら、奈良県担当のエージェントは、長期に渡る治療のかいもなく、全滅してしまいました。唯一、一切の別状なく生き残った、ネネットを除いて」

「…………」

「そして、その中には……あなたの探し人。ノーマ・ルーツのクネイ博士も含まれていました」


 自分の喉から、浅い呼吸が漏れ出たのが分かった。

 そうか、あの時のネネ先輩の反応は、そういうことだったのか。


 クリスタさんがクネイ博士のことを知っていたことについては、もはや問いただしはしまい。緊急連絡の直前だったのだから、それぐらい、聞いていてもおかしくはないだろう。


「ウイルス散布が行われた一帯は、即座に保護艦隊の艦砲によって焼き払われました。よって、奈良県の一部は今、一時的に地図から消えています」


 そこまで話が進んだところで、エレベーターは丁度、一階に付いた。


 横に並ぶネネ先輩はと言えば、ずっと黙って俯いている。表情をのぞき込むこともできただろうけど、僕はそれをしなかった。自分の傷を掘り返されるのは、決していい気分ではないだろうから。


「まあ、今回応援を呼ばなければならないほど、人手不足だったのはそういうわけです。その点、まっさらな新人で、中身がメカニカであるあなたは、この地域に適任だったわけですね」

「なるほど……ですね」


 僕の身体は無機物だから、万が一ヴィオラインが再出現しても、擬態を解除してしまえばウイルスに感染することはない。そう言う意味では、奈良県に補充するエージェントとして、僕はこの上ない適任だったのだろう。


「ひとまず、今はリーゼルの無事を祈りましょう。彼の肌は隙間ない甲殻に覆われていますし、ビート・ルーツは肉体的な抵抗力に長けていますから、問題はないはずですが……」


 ビート・ルーツは確か、甲虫系の種族だったか。彼らの身体は生来の甲冑に覆われているようなものだ。見るのは初めてだったけど、あれを破れる何かがあるとは思えない。


 ともあれ僕は、クリスタさんの通信を聞きながら、屋外へ出た。もうすっかり日が昇ってしまっているようだ。時刻は昼前、十一時といったところだろうか。

 空を見上げれば快晴。雲一つない空に青色が広がっていて……


 その中にポツンと、黒い点のようなものが見えた。


 それは、こちらへ向けて飛来しているのか、少しずつ大きくなっていき、やがてブラウンカラーを帯びてくる。

 あれが、リーゼルさんなのだろうか?


「二人とも、問題は起きてしまったようです」

「ああ……なるほど」


 ああ、まあ、そうなるよな。やけに点がぶれないと思ったんだ。

 僕らがいる地点へ向けて急降下しているわけでもなければ、少しずつ別の場所に動いていくはずなのに。


 おそらく、リーゼルさんはダメだったのだろう。


「とにかく、屋内の方へ逃げてください!」

「ええわかっています……って」


 駅ビルの方へ引き返そうとしたところで、違和感。背後から、続く足音が聞こえない。振り返ってみれば、ネネ先輩は魂が抜けたように空を眺めて、呆然と立ち尽くしてしまっている。


「何してるんですか!」


 僕はネネ先輩の手を取り、移動を促すが、まるで動いてくれる気配がない。思い切り引っ張れば身体がよろめきはするものの、意地でもその場に立ち尽くそうとしているらしい。


「触らないで……」

「はあ!?」


 この期に及んでまだそんなことを言うのか。自分の命より意地の方が大切か。そんな考えが沸々と湧き出して、僕は怒声をあげてしまう。ネネ先輩の事情がわからないことに、苛立ってしまう。


「もう、誰かの代わりに生きていたくない……」


 でも、その一言で。意地なんてかけらも感じられないその一言で。

 僕は察しが付いてしまった。


 ああ、僕はかつて、何度も何度も見たことがある。

 こうやって、全てを投げ出してしまう人の表情を。


 彼女は意地を張っているんじゃない。失っているんだ。

 おそらくは、先ほどのクリスタさんの報告で、抑え込んでいたトラウマが呼び覚まされているんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る