第十九話 機動殺戮兵、改修型
「CRR、リーゼルの排除を……許可します」
「ええ、わかっています」
消え入るようなクリスタさんの声に、僕はまた苛立ってしまう。
あなたまで、そんな声をしていてどうするんですか。
何を諦めようとしているんですか。
一人を犠牲にしてしまったからといって何をへこたれているんですか。
犠牲を乗り越えて先に進まなきゃ、仲間に……リーゼルさんに、義理立てできないと思わないんですか。
「だったら、教えてあげますよ……僕が! 本物の償いってやつをね!」
本当の戦場ではこれくらい、日常の一つに過ぎないっていうのに。
そうだ。少なくとも、かつての僕はそうだった。
僕の母星ではそうだった。
「戦士なら戦うんですよ!」
僕はそう叫びながら胸を叩く。
衝撃を加えるべき装置は、心臓の位置に埋め込んである。
ああ、この姿に戻るのは、随分久しぶりに感じてしまうな。
「
そう時間は立っていないはずなのに、やけに懐かしい感覚が戻ってくる。ベキベキと音を立てながら、戦闘機動に特化した、スタイリッシュで鋭利なフォルムが、戻ってくる。
そう、腕が二本に脚が四本。立体三角形が突き出したように鋭利な胸。量産されたロボット兵士とは違う、特注の自立思考兵器の姿。
十字に広がった腰部バランサーから突き出す足の先端は針のように鋭利で、地面を削ることを前提とした設計をしている。
故に、僕は足先でアスファルトをかち割り、両手を握って構えながら、形式上、自らの名を叫ぶ。
「
CRR-99R。今は、クラリと愛称で呼ぶ人もいる名前。
その識別番号に込められた意味は、意外にも物騒である。
七年前、記憶を取り戻そうと躍起になっていたころ。
僕はかつて、スクラップだらけの星で、戦争の後始末をやっていた。
作戦目標を宣言するのは、その時のなごりだ。
「エネルギーレーザー、
空の彼方から飛来するブラウンの影へむけ両手を合わせ、二門の発射口付きガントレットを用いた対空砲火を行う。
でたらめに撃っているわけではない。むしろ、極力リーゼルさんには当たらないよう、彼のスレスレを狙ってレーザー弾を放ち続けているのだ。
理由は単純。狙いを定めるべく、視界をズームした際に彼以外の目標が見えたから。それすなわち、リーゼルさんの背中に乗って彼を操っている男、ヴィオラインのことである。
ズームした視界の中、鬱陶しそうに歯を食いしばる長髪の男の姿が映る。僕の狙い通り、彼はリーゼルさんの背中に釘付けにされている。
大方、急降下中にこっそり離脱するつもりだったのだろうけど、そうはさせない。
――お前が突撃を選んだのなら、最後まで付き合ってもらうぞ!
心の中でそう叫びながら、僕は思い切り後ろに飛ぶ。
地面をかち割る四脚から繰り出される跳躍は、生半可なものではない。
地上三メートル優に超す高さまで僕は急上昇して、リーゼルさんの突撃を避ける。
直後、凄まじい激突音が響いた。
土煙が舞っているが、ネネ先輩は巻き込まれていない。対空砲火を重ねながら、少しずつ自分の位置をずらしておいたかいがあった。
レーザー弾の弾幕には、敵の視界を奪う効果もある。
そんな中で、弾幕の中心たる、僕の元以外へ突撃するのは、それはもう困難だったことだろう。
「クソ……メカニカめ、やってくれたな!」
――もちろん、やりましたとも。
僕はそんな返事の代わりに、立ち上がった人型のシルエットへ向け、発射速度を上げたレーザー弾幕で答える。エネルギーの消耗を気にする必要はない。今まで戦闘していなかったのだから、まだまだエネルギーは有り余っている。
「クソがっ!」
直後、その場に残ったのは蜂の巣のように無数の風穴が開いたヴィオライン……というわけではなく、彼の周囲を覆う半透明のバブルドームだった。
大方、エネルギー兵器をはじく電子シールドだろう。
準備の良いヤツめ。
「フン、今日のところはこちらから引いてやろう、だがしかし、俺は必ずそこの……」
「セリフが多いですよ」
別れの口上を述べる暇があるならさっさと消えるがいい。
電子シールドだって、無制限にレーザーを弾けるわけではない。
僕が更に発射速度を上げたレーザー弾幕をお見舞いしてやれば、お前は立っていられないだろう?
「ちぃ……!」
実際、ヴィオラインはわざとらしくそう言って、煩わし気に煙幕を炊いた。
「……反応消失。
「今はこの場を優先します」
「そうしてください。追跡用にヘルプのエージェントを派遣します」
……ふう。とは言ったものの、一体僕はどうすればいい?
はっきり言って、暴走するリーゼルさんに勝てる気はしない。
どうすれば、リーゼルさんを殺さないまま制圧できる?
どうすれば彼を、クリニックにまで連れていける?
まだ視界の晴れない土煙の中から、あの高速の巨漢が飛び出してくることを予見しながら、僕はなんとか作戦を練ろうとする。
急降下の瞬間に確認していたが、リーゼルさんの堅牢な甲殻は、レーザー弾をはじいていた。実弾兵器は小銃程度しか持ち合わせていないし、格闘戦でも勝てるかどうか……
「CRR、リーゼルは……もう」
「……え?」
クリスタさんの言葉の意味を理解する前に土煙が晴れて、アスファルトの中にめり込む、彼の姿が明らかになった。
メタリックなブラウンの甲殻の、間には紫色に変色した筋肉。
鋭い刃さえ通さないように思える全身に、一か所だけ、ヒビが入っている個所がある。
それは、あの待機時間に、ネネ先輩が砕いた下顎の甲殻。破砕して広がったヒビの間に、下の右拳が、当てられている。
「……まさか」
考えたくもない可能性に気づいて、リーゼルさんの腕を除けようとするが、できない。
何かに固定されているように、抵抗が生まれてしまっている。
「そんなの……ないだろ……!」
僕がそう叫びながら、全ての足を踏ん張って。
リーゼルさんの腕を引っ張って。
そうすると、ずるりという音とともに、何かが抜けた感触がした。
「ああ……」
それは、一握りのガラスのかけら。ビルの高層階に使われるような、ワイヤー入りの強化ガラス。
刃渡りにして二十センチほどのそれが、リーゼルさんの顎から出てきた。緑色の体液が、ドロりと流れ始める。
つまり、リーゼルさんは、ネネ先輩が付けた傷を利用して。
体が暴走する前に、自ら首をえぐったのだった。
===
第2章 指定敵性外星人 - 終 -
次章
第3章 シティ・トライアル
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