第二章 指定敵性外星人

第十話 K鉄奈良駅前交差点

「もし、保護艦隊の擬態装置に似た技術で紛れているとするなら、こちらからセンサー類で目標を見つけることは困難です。まずは現地住民の避難を優先してください」


 クリスタさんによれば、そういうわけらしい。僕らの使命は外星人の捕縛ではなく、安全確保というわけだ。


 つまり、今すぐに擬態を解除して派手なことをするのはご法度。もし、死者を出してしまったら、その人物に関する全ての記録と記憶を書き換える羽目になる。そうでなくとも、命が生きた証を好き勝手にいじくりまわすような事態になるのはごめんだ。


「エージェント・ネネット。目標地点に到着」

「CRR、同じく到着」


 景観に配慮するためか、都心部と比べるとまだ背の低い建物が多い駅前。それでも、たしかにここが県の中心であることを証明するように、広々とした交差点には数多くの歩行者や車両が行き交っている。


 まだまだ早朝だというのに、一体この場に何名の地球人が存在するのか見当がつかないほどだ。


「これは骨が折れそうですね……」

「ある程度の無茶までなら、後から記憶処理でなんとかなるから。手早くいきましょう」


 カフェから引き続いて、灰髪の地球人の姿を取っているネネ先輩は、早速交差点の方へ早足で近づいていく。何をするつもりなのかは見当が付かないけれど、ひとまず僕は彼女の後に続くしかない。


「間違ってはいませんけど、あまり雑なことはしないでくださいね。こういう任務は本来、地道にやっていくものなんですから」

「ははは、そうね」


 軽い笑い声をあげているけれど、本当に何をするつもりなんだろうか。このままついて行っていいのか、それとも僕は僕で別の行動をとったほうがいいのか。それすらわからないんだよな。


「うん? どうしました?」


 僕が思考にふけっている間に、ネネ先輩が立ち止まっている。交差点の中心をじっと見つめて、凍ったように固まっている。少し横からのぞき込むと、彼女の目は見開かれている。


「二人とも、緊急事態よ」

「えっ?」

「交差点の中央を見て」


 促された通り、視線を向けてみると、確かな違和感。


「道路にヒビが入ってる……?」


 この辺りは田舎道でもないはずなのに、道路にヒビが入っている。亀裂自体は小さなものだが、頻繁に道路工事を施されているはずの県の中心とも言える地点で、あんなものが放置されていることなど、あり得るのだろうか。


 いや、有り得ない。何故なら、交差点ど真ん中から続くヒビは、現在進行形で大きくなっていっているからだ。広がり方が緩やかであるためか、交差点を横断する歩行者やヒビの上を通る車両は気が付いていないようである。


 つまり、今まさにアスファルトの下から、何者かが姿を現そうとしていることに、僕ら以外の誰も気が付いていない。


「クリスタ。擬態解除の許可は」

「すでに下りています」

「何をするつもりですか?」


 事は一刻を争うのだろうけど、念のために聞いておきたい。それによって、僕の動き方も変わるかもしれないから。


「ちょっと、避難誘導をね」


 ネネ先輩はそう言うと大きく地面を蹴って、交差点の中央へ向けて駆けだした。今まさに信号が変わろうとしている瞬間。唯一、車通りが無く、横断歩道上に歩行者も残っていない、完璧なタイミングで。


擬態解除レボリューション!」


 メキメキと音を立てながら、ネネ先輩の背中が肥大化していく。羽織っていたモフモフのジャケットがはじけ飛んで四肢が毛皮をまとっていく。

 新たに踏み出す一歩は、前の一歩よりも大きく、力強く、そのうち、道路のヒビを増やさんとするような勢いで。


 彼女は交差点の中央に到達して、大きく息を吸い込むように、その両腕を大きく開いた。


「がるあああああああッ!!」


 翻訳機が反応しない、純粋な雄叫び。大地を揺るがすような大声で、ネネ先輩は叫ぶ。信号機の上にとまっていたスズメは飛び去り、信号待ちの歩行者は目を見開いて手に持つカバンを取り落とす。


「――――!!」


 早朝の駅前にこだまするつんざくような悲鳴。何重にも響く車のクラクション。我先に、一目散に、人々が逃げ始め、車両も走り去っていく。中には信号待ちの車を乗り捨て、その場から走り去っている人もいた。


 それが障害物になったせいで、車で逃げ去ることを選んだ人々がいくらかぶつかりそうになっていたが、まだ早朝で待っていた台数が少なかったおかげか、数秒後には視界に入る全ての車両が交差点中央から離れることができたようだった。


「ははは……めちゃくちゃしますね」

「それなりに、いつものことですよ。警察をはじめとした現地の自治組織には、こちらから根回しできますからね」


 どうやら、さっきまでの穏やかな立ち振る舞いとはちがって、ネネ先輩は案外乱暴というか、豪快な方らしい。いや、本当の第一印象で言えば、猫の姿でぶっ飛ばして来た時と変わらないとも言えるか。

 本当に、口より先に身体が動くタイプらしいね。


「だったら僕も、続くとしますか」

「いえ、あなたはダメです」

「えっ?」


 せっかくの初任務なのに、どうして?

 敵の外星人が姿を現そうとしているのに、僕だけ指をくわえて見ていろっていうんですか?

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