第八話 クレジット


 そんなこんなで腹ごしらえを終え、僕たちはひとまず、目的地の一つへ向かうことにした。

 詳しいことは聞かされていないけど、それはフードコートと同じ四階にあるらしい。


 なにやら棚の商品が蠢いている駄菓子屋の隣、珍しく壁のある出店スペースがそれだとか。少し歩いてみれば、確かにうごうごという擬音がきこえて来そうな商品棚のある店舗の隣に、両開きの扉が見える。


「お邪魔します」

「いらっしゃいませー!」


 僕が丁寧に扉を開けたところで、中から少年っぽい声が飛び込んできた。僕が内装を見回していると、いつのまにやら、声の主がすぐそばまで歩いてきている。


 これは……形容するなら、羽の生えたキノコだろうか? とてとてと音が聞こえて来そうな歩き方をしている。随分身長が低い。珍しい体型をしていらっしゃるな。


「あ、ご新規さんですか? 初めまして!」

「あ、どうも初めまして」


 どうやら丁寧で礼儀正しい方のようだ。これは好感が持てる。僕も結構礼儀は出来ている自信があるけど、なんだかんだここまで丁寧に接してくれる方は中々見ないかもしれな……


「ん? あんたひょっとしてメカニカか?」

「え?」


 ん? なんだ。また聞いたことのない声が聞こえたぞ。随分威圧感のある、男性的な声だった。ひょっとして店内には他にも誰かいるんだろうか。今日は忙しいな。


「答えろよ。あんたメカニカかって聞いてんだ」

「え、そうですけど……って、え?」


 あれ? ひょっとしてこの声、目の前の子から出てるのか?


「ケッ! 丁寧に対応して損した! 相手がブリキ人形だとわかってればこんな愛想よくしなかったのに……オー気持ち悪っ、自分で自分に寒気がするね」


 ええ……なんだっていうんだ。さっきまでの態度とは一転、優しかったキノコの目つきは一気に悪くなって、口調もすさんだ物に代わってしまっている。


「店内のものはどうぞご自由に。ええ、そのカメラアイで商品の価値がわかるならですけどね。それと、ボクには話しかけないでください。本当は機械に合成された音声を聞くのも嫌なところですが、トクベツに店内でコミュニケーションをとるくらいは~」


 うわぁ、なんだか……すごいな。こうも無条件に種別括りで嫌われてみると、いっそ清々しい気分になってくるぞ。

 本人の前でここまで言うなんて、アロメダ合星国の一員としてどうなんだとか以前に有文明種族としてどうなんだろう。


「いつものことです。放っておきましょう」


 そんな雑な……と思ったけれどクリスタさんの言う通りらしい。まばらに店内をめぐっているお客さんらしき人々は、こちらのことを気にも留めず、所狭しと並べられた商品の数々を物色していらっしゃる。


 いつもの光景だから気にも留めていないのか、極力関わらないように努めているのか。どちらなのかはわからないけれど、店内の皆様はクリスタさんと同じく、スルーを決め込むことにしたらしい。


「それで、僕らは商品を見せてもらってもいいんですか?」

「こっちはワンオペで気が立ってるんだ、勝手にすればいいだろ。質問は一切受け付けないからな」

「は、はあ」


 まあ、ちゃんと商売してくれるなら、いいか。勝手にすればいいってことは、別に向こうからグチグチ言ってくるわけでもなさそうだし。


 排メカニカ的ではあるんだろうけど、追い出そうとするっていうよりは、関わりたくないって感じに見える。だったら僕も、気にせず店内を物色させてもらおう。


「品揃えがいいですね」


 うっかり思ったことが口から出てしまったが、本当にそう思う。


 簡単な土産になる加工食品はもちろん、ハンドメイドらしきアクセサリーや、内装を彩る木彫りや陶磁器の工芸品まで。店主の投げやりさからは想像もできないくらい繊細な品物が多い印象だ。


 あ、なんか鹿のイラストがプリントされたせんべいの詰め合わせもある。絶対に許可は取っていなさそうだけど、アレはいいんだろうか。


「せっかくモールの一角を借りてるんだもの。売れるものはなんでも売っていかないと、生き残れないのよ」

「合星国は資本主義ですからね」

「ははは……」


 ははは、相変わらずクリスタさんはジョークがお上手だな。


 食事中に聞いた話なのだが、この艦隊直営モールは、外星人向けの観光地も兼ねているらしい。汚い話は聞きたくなかったけれど、まあ、仕事がないよりはましだと思おう。


「さてCRR。クレジットはちゃんと確認してきましたか?」

「クレジット……ってなんでしたっけ」

「艦隊共通通貨ですよ」

「あ……」


 そういえば、僕。

 半年後にクレジットの引き落としが確定してるんだよな……


「クレジットは言わば、艦隊からの信用そのものです。あなたが任務を成し遂げれば付与され、なにかやらかせば剥奪される」

「僕はまだ、なにも貢献できていませんが」

「新人エージェントには、最初から一定額支給されているのよ。未使用だったら千二百クレジットってところかしら」


 ネネ先輩からも解説が入り、大体のことは思い出すことができた。今回は研修が先にあったけれど、本来なら、ある程度装備を整えてから現地入りするって話なんだっけ。


「つまり、ここで装備を整えろと、そういうことですか?」

「その通り」


 だったら、研修プログラムの一部にショッピングが含まれているのにも納得だ。レジ近くに目をやってみたら、ガラスケースの中にそれなりに物騒なものもそろっているように見える。


「そういうことなら、って言いたいところなのですが……」

「どうかしたの?」

「実は先週、豪快に器物破損してしまいまして……」

「あー借金持ち?」


 ははは、容赦がないけどその通りです。

 そういうわけで、僕はまともに買い物ができそうにない。

 残念だけど、今回はウインドウショッピングになりそうだ。


「あーそれなんですが、バインから聞いていませんか?」

「バイン? って誰ですか?」

「……あなたの前のオペレーターですが」

「えっ!?」


 あ……その……そっか。

 僕そういえば、あの人の名前聞いてなかったな。

 クラリっていう愛称までつけてくれていたのに、なんてことだ。


「まあつまり、転勤の際に貴方への請求は全部バインが精算してくれていたようなので……」

「バイン先輩ごめんなさいッ……!!」


 そこまでしてくれていたのに僕は……!

 僕は何て薄情なんだ!


「穴があったら入りたい……!」

「そこに吹き抜けがありますよ」

「……いや、やっぱやめておきます」


 流石にショッピングモール四階から一階まで降りたら死にます。

 埋まりたいだけで墜死したいわけではないんです。


「さて、ネネットのオススメは聞いていきますか?」

「お願いします」


 まあ、先輩には後からちゃんと謝っておくとして。

 買い物できるならしておきたいんだよな。


「え、急にそんなこと言われても……そうねぇ」


 急な無茶ぶりをされた割には、ネネ先輩はそこまで迷わずにガラスケースの方へ向かい、横に陳列されていた手袋のようなものを手に取った。

 黒を基調とした、カーボンのような質感をしたそれは、よくよく見てみれば、彼女の手にはめられているものと同じデザインのようだ。


「これは暴徒鎮圧用グローブ、合言葉で起動すると、掌で触れたものに電流を流せるの」


 ほう。これはまた便利そうな。

 その名の通り、暴れているけど傷つけたくはない人物を制圧するのには最適そうだ。デザイン的にも、身に着けていて不自然なものではないし、それこそ擬態状態での護身用に最適かもしれない。


「その効果は、あなたもご存知の通りです」

「え?」

「ネネットから、挨拶代わりに貰ったでしょう?」

「あー、そういえばそうだったわね」


 一瞬、何のことだろうと首をかしげて、すぐに思い当たった。僕が、猫の姿をしていた先輩を抱きかかえた時に食らった、あの電流のことだろう。とは言え、あの時のネネ先輩は猫の姿だったはずだけど。


「持ち主に合わせて、大きさを自在に変えられるのも魅力ね」

「あーそれであの姿でも使えたんですね」

「そういうこと」


 暗くてよく見えなかったけど案外、猫の姿で肉球の先に手袋をしていたのかもしれないな。

 想像するとちょっとかわいい。今度、機会があったら見せてもらおう。


「さて、私ばっかり語っててもしょうがないでしょ? あなたも少しは見てみなさい」

「そうですね。では、遠慮なく」


 僕が遠慮するべきはあのキノコの方なのかもしれないが、彼はさっきから興味なさげにそっぽを向いているから、気にしなくていいかな。

 一応、擬態を解除した僕の体には、ある程度の兵装が搭載されているけれど、生身では丸腰だからね。


 いろいろと、物色させてもらおう。

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