モンスター育成サロン(プロローグのみ)

るいす

第1話 プロローグ

 朝日が異世界の空に昇る頃、主人公のマコトは大きなサロンの前で一息ついた。目の前に広がるのは、深い緑の森と、その中に点在する奇妙な建物たち――ここ、リベルタの街だ。異世界に転生してから半年、ついに自分のサロンを開業する日がやってきた。名付けて「モンスター育成サロン」。そのコンセプトは、他では見ない独自のものだった。


「ついに、この日が来たか…」


 マコトは緊張と期待の入り混じった表情を浮かべながら、入り口の看板に取り付けた「OPEN」の札を優しく押し出す。かつては平凡な会社員だった彼が、この異世界でモンスターたちを相手にビジネスを展開することになるなんて、誰が想像しただろう。サロンには、冒険者が倒したモンスターの遺体や素材ではなく、生きたモンスターがやって来る。彼らの体力強化、トレーニング、さらにはリラクゼーションまでを提供する異色の施設だ。


「さて、今日が勝負だな。どんなモンスターが来るか、見ものだ。」


 カウンターの後ろで準備を整えながら、マコトはどこか落ち着かない気持ちで外を見つめた。大々的に宣伝したわけではないが、街中での口コミは広がっているはず。だが、どのモンスターが興味を持ってやってくるのかは、全くの未知数だ。


 数時間が過ぎた。まだ客は来ない。マコトは緊張を紛らわすように、店内を掃除し始めた。新しい家具や器具が並ぶ店内は、どこかモダンな雰囲気だ。サロン内には、トレーニングルームやマッサージベッド、さらにはモンスター専用の浴場まで完備している。だが、今のところ、これらは全て無駄になりかけている。


「うーん…ちょっと早かったかな。まだ準備が足りないのか…」


 そんなことを考えていると、突然、ドアがガタガタと揺れた。外からは重々しい足音が聞こえてくる。マコトはすぐに姿勢を正し、心を落ち着かせる。ついに、最初の客がやって来たのだ。


 ドアが大きく開くと、そこに現れたのは――巨大なドラゴンだった。暗緑色の鱗が太陽の光を反射し、全身から放たれる威圧感は圧倒的だった。頭部がドア枠にギリギリ収まるほどの大きさで、鋭い爪が床を軽く叩くたびに、振動が伝わる。


「は、初めての客が…ドラゴン!?」


 マコトの心臓は跳ね上がり、言葉が詰まった。しかし、ドラゴンは予想外に穏やかな表情で、ゆっくりと前足を振り上げ、カウンターに顔を近づけた。目はどこか優しげで、緊張するマコトとは対照的にリラックスした様子だった。


「おはよう…人間。」


 その低く落ち着いた声は、ドラゴンの威厳を保ちながらも、どこか親しみを感じさせるものだった。マコトは一瞬呆然としたが、すぐに反応を取り戻し、プロの経営者としての態度を取り戻す。


「お、おはようございます。えっと、何をされたいですか?」


 ドラゴンは大きなため息をつき、頭を少し下げた。


「リラクゼーションコースを頼みたい。最近、飛び回りすぎて背中がガチガチでな…筋肉が悲鳴を上げている。」


 その声には疲労感が漂っていた。まさか、異世界最強の存在であるドラゴンも、背中のコリに悩まされるとは思わなかったマコトは、思わず微笑んだ。モンスターも、自分たちと同じように日々の疲れを感じ、ケアが必要なのだ。


「リラクゼーションですね、承知しました!どうぞ、奥のベッドへ。」


 ドラゴンの巨大な背中を前にして、マコトは少し圧倒されていた。鱗の一枚一枚が厚く、鋼鉄のような強度を持っている。それを丁寧にほぐしながら、下に隠された柔らかい筋肉の存在を感じ取る。ドラゴンという存在が、単なる力強い獣ではなく、細かいケアを必要とする生き物であることを痛感した。


「おぉ…これは気持ちが良い。まるで飛んでいる時の風のようだ…これはクセになるな。」


 フレイムと名乗ったドラゴンは、深く息を吐きながら、徐々に体の力を抜いていく。マコトは、モンスターたちにも感情があり、日々の悩みやストレスがあることを実感する。これまでの冒険では感じ取れなかった、モンスターたちの生活が垣間見えた瞬間だった。


「フレイムさん、今後もぜひお越しくださいね。次回はもっと高度なメンテナンスもご用意しますから。」


「期待しているぞ、人間。」


 フレイムはそう言うと、巨大な身体をゆっくりと起こし、満足げに店を後にした。その姿を見送りながら、マコトは確信した。このサロンは、ただのトレーニング施設ではなく、モンスターたちの本音や悩みを共有する場所になる。そして、彼らとの絆を深めることで、さらなる可能性が広がっていくに違いない。


 ドラゴンの次に訪れたのは、ゴブリンの一族だった。彼らは団体でサロンを訪れ、仲間同士の絆を深めるための「チームビルディングトレーニング」を希望した。続いて、小さなスライムが恐る恐る店のドアを開け、身体のメンテナンスを求めて来た。


 こうして、マコトの「モンスター育成サロン」は少しずつ評判を広め、様々なモンスターたちが集まる場所となっていった。彼らの個性や力だけでなく、悩みや日常の小さなトラブルまでを解決し、育成サロンは異世界にとって欠かせない存在へと成長していく。


 だが、このサロンがやがて異世界の運命を左右する場所になることを、まだ誰も知らない。

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モンスター育成サロン(プロローグのみ) るいす @ruis

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