閑話② まどろみ


 その日の夜、ガヴィエインは夢を見た。

 夢だとすぐに解ったのは、母の隣にいる自分がまだ、母と一緒に寝ていたからだ。


 妹のキーナが産まれて母の具合が悪くなる前まで、ガヴィエインは父母と一緒の寝台で眠っていた。

ガヴィエインと同年の村の子ども達は、もうすでに一人で寝ている者も多かった。

けれどガヴィエインは夜中に目が覚めて厠に行く時にとても一人で行ける気はしなかったし、何より寝る前に母が布団の中で詩を読んでくれるのをとても楽しみにしていたからだ。


 母が読んでくれる詩集は少し表紙がくたびれていて、けれど母はその詩集を大切に開くと、まるで歌を歌うように言葉を紡ぐのだ。


 内容は、川の美しさを歌ったり、精霊が舞う様子が書いてあったりと様々だったが、母がとても嬉しそうにそれを読むのでガヴィエインはすっかりこの時間が楽しみになってしまった。


「母ちゃんはどうしてこのごほんが好きなの?」


 ガヴィエインが今よりももっと幼かった頃、母にそう尋ねた事があった。

母は懐かしむように笑って、

「……この詩集はね、お母さんが結婚する時に家から持ってきた物なの。お母さんが子どもの頃から大好きな詩集なのよ」

と詩集の表紙を優しく撫でた。


 お父さんがね、お母さんを連れ出してお嫁さんにしてくれた時、家から持ち出した唯一のものだったのよ。


 母の言っている事は半分以上解らなかったし、正直、詩集の内容もよくわかってはいなかった。


 けれど、母の幸せそうな顔がたまならなく好きで。

母のこの顔が見られるなら、何度でも母の口から紡がれる旋律を聴こうと幼心に思った。


『赤ちゃんが産まれたら、今度は三人でまた読みましょうね』


 そう言ってガヴィエインの額に口付けてくれるその時が、一日の終わりを締めくくる最高の瞬間だった。


(――母ちゃん、またいつか読んでね)


 夢だと解っていてもしあわせなその情景に、今は夢でしか口に出来ぬ甘えを、ガヴィエインは願って幻影にまどろむのだった。


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