第7話 母との約束
イリヤと森で出会ってから、毎日良いことが起こっている気がする。
昨日より今日、今日より明日。
明日、
高揚した胸を弾ませながら帰りの道を急ぐ。二人で風のように森を抜け、アルフォンスの家の前でアルと別れると短い坂を一気に駆け上がって家の中に飛び込んだ。
「母ちゃん! ソヤの豆とって来たよ! すぐにキーナにお乳をやるね!」
一息で言い切って背中の籠を台所に置く。母の部屋からは妹の泣き声が聞こえるばかりでシンと静まり返っていた。
「……母ちゃん……?」
何故か胸騒ぎがして寝室を覗く。寝台には横になっているはずの母の姿はなく、母の寝台の近くにおいてある揺り籠でキーナが火がついたように泣いていた。室内の暗さに慣れぬ目を凝らして見ると、寝台の下に母が倒れている。
「母ちゃんっ?!」
慌てて母に駆け寄りその体を助け起こす。
「母ちゃん! 母ちゃん! ――!」
母の体は朝に出かける前とは違い、燃えるように熱かった。父が仕事から戻って来るにはまだ時間がある。ガヴィエインは自分より大きな体の母をなんとか寝台に戻し、泣くキーナを背中に背負うと村の診療所まで全速力で走って行った。
診療所の先生を呼びに行き、妹の世話や乳やりを終えて父が帰宅した頃にはもうすっかり日が暮れていた。
母の熱はいまだ下がらないが、先生の持ってきた熱冷ましの薬草が少し効いたのか、ガヴィエインが倒れている母を発見した時よりは呼吸はいささか楽そうだった。
仕事から帰ってきた父と台所に並んで夕食の準備をしながら今日の出来事を話す。
「ガヴィ、一人で偉かったな。大変だっただろう。……先生はなんて言ってた?」
ガヴィエインは芋の皮を向きながら診療所の先生に言われたことを口にする。
「……母ちゃん、体力がないから、普通の風邪にかかっても凄く症状が重いんだろうって。まずはしっかり食べて、体力を戻さないといけないって」
ガヴィエインの頭を撫でていた父の手がピタリと止まった。
「……そうか」
そんな事は、父もガヴィエインもよく解っていた。
ただ、最近は国の情勢があまり
アムル村にも診療所はあるにはあるが、先生と呼ばれている薬師は、実際は少し薬草に詳しくて医学の心得がある……くらいの人物で、ちゃんとした医者に見てもらおうと思ったら馬車で一日かけて大きな街に行かねばならない。治安の悪くなっている街道を通って街に行くのも命がけだし、そもそも体力の落ちた母が街まで保つとは思えなかった。
産後の肥立ちが悪く、充分な栄養を取れていなかったからこうなっているのだ。ガヴィエインは下唇を噛んだ。
野菜と鶏肉をくたくたに煮込んだスープを寝台に横になっている母に持っていく。母はガヴィエインに気がつくと、気だるそうな息を飲み込んで体を少し起こした。
「母ちゃん無理しないで! ゆっくりだよ。ほら、オレがやるから……」
ガヴィエインは慌てて母に駆け寄り椅子にスープを置くと、さっと背中にクッションを挟んでやった。
母が苦しくないように体制を整えてやる。母は痩せたまだ熱っぽい手で、ガヴィエインの頭をゆっくりと撫でた。
「……ごめんね、ガヴィ。びっくりさせたでしょう」
母の手が、ガヴィエインの髪をすいていく。以前はふっくらとしていた母の指が、随分痩せてほっそり骨ばってしまっていたのが悲しかったが、大好きな母の手には変わりなかった。ガヴィエインはうっとりと母の手の感触を楽しんだ。
「……だいじょうぶだよ。オレ、もう小さな子どもじゃないから。キーナの世話もちゃんとできるし、母ちゃんはゆっくり休んでて!」
そう言ってニカッと笑うガヴィエインに、母は少し悲しそうに眉を下げて微笑んだ。
「あのね、母ちゃん。オレ、この間紅の一族の子と友だちになったって言っただろ? その子が元気が出る薬になる花を教えてくれたんだ。明日とってきてあげるからね。それを飲んだらきっと元気になるよ!」
そう言ってガヴィエインは目を輝かせて母を見上げた。
「……うん、ありがとうガヴィ。
ねぇガヴィ、でもね、そんなに頑張らなくていいのよ。
……ガヴィは、ガヴィらしく生きていいのよ」
悲しげに言う母の言葉の意味がわからずに首を傾げる。
「……? うん? オレ、でも母ちゃんに元気になって欲しいから……じゃあ元気になったらまた寝る前に母ちゃんの好きな本を読んでね」
約束だよ。だからゆっくり休んで!
そう言って笑うガヴィエインを、母はたまらずぎゅっと抱きしめた。
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