第8話 池見草《イーレン》の花を求めて
一旦下がった母の熱は夜半には再び上がり、朝になっても一向に下がらずに母はゼイゼイと荒い息を吐いていた。明け方には水分を取るのも難しくなり、布に含ませた水を飲むのがやっとだ。
父が朝一番にもう一度診療所の先生を呼んできたが、母の容態を見て先生は静かに首を横にふる。父が一瞬固まったのを感じて、ガヴィエインはいてもたってもいられなくなって家を飛び出した。
(いやだ、――いやだ!!)
あれさえあれば、母もきっと良くなる。
家の前の坂を駆け下りた所で食事を持ってきたアルフォンスと出くわした。
「! ガヴィ! おばさんの様子はどう――」
「
怒鳴るように言って、そのまま後ろを振り向かずに走り出す。尋常ではないガヴィエインの様子に、すべてを察したアルフォンスは荷物をその場に放り投げてガヴィエインの後を追った。
ガヴィエインもアルフォンスも、今まで走ったことのないような速度で駆けた。まっすぐ森に入り、ソヤの豆の群生地まで行くと力いっぱい大声で叫ぶ。
「たそがれーーーー!! 頼む! 聞こえてたらイリヤを呼んで!! ――お願いだから!!」
イリヤとの約束の時間にはまだ随分早い。しかし
……遠くで、狼の遠吠えがかすかに聞こえた。
村からここまで、二人は一度も止まらずに駆けてきたので、肩で荒い息をつく。汗が滴り落ちたが拭う気にもならず、汗はポタポタと顎を伝って地面に落ちた。
ガヴィエインは、地面に吸い込まれていく自分の汗を見ながら、足元からせり上がってくる恐怖と戦っていた。
__怖い。
もし、間に合わなかったら?
母の具合が悪くなってから、ガヴィエインのやることは格段に増えた。
遊べる時間が減った、厠へは一人で行かなければいけなくなった、母と一緒に眠ることが出来なくなった。
それでも。
大丈夫と思えたのは、母がいたから。
母の具合が悪くなり、お乳が出ないようになって、妹のキーナがどうにかなったらどうしようと最初は思っていた。なのにまさか母が。もし、――母がいなくなったら、妹も?
恐怖に叫びたくなって、ハッハッと息が苦しくなる。
急に目の前が暗くなり、地面に
「大丈夫。大丈夫だよガヴィ……大丈夫だから……」
ガヴィエインの背中を擦るその温かな手に、目の前の視界がゆっくりと開けてくる。アルフォンスに支えられて、ガヴィエインはなんとか立ち上がった。
「ガヴィ―――――!!」
森の奥から、まだ寝巻き姿のイリヤが体に草や小枝をつけながら黄昏と共に駆けてくる。イリヤは二人を見ると、何の事情も聞かずに「行こう! 案内するね!」と朝の森を再び走り出した。
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